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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

ミラノ(馬の名前)で復習

2012-10-16 14:42:03 | 馬が好き
きのうの夜に予感したような腰の痛さにはならず、予定どおり乗馬にいく。

きょうはミラノ。
いろいろ選択の余地あったんで、近ごろ乗ってない馬でとも考えたんだけど、きのうの復習をするには、ミラノがいいかなーと。
6月下旬には、ミラノでやったんだ、似たような駈歩の詰め伸ばし。で、詰めたときかえしてあげることが宿題になってる。
んぢゃ、馬装して、行きますか。
きょうは最初っからアブミを短めにする。カカト下げると、私の足首は人一倍硬いので曲がりきんなくて、鈍痛がするくらい。こりゃ短すぎるかと思ったけど、めんどくさいんでそのままいく。
歩ってると、例によって、小さいハエがいくつもまとわりついてきて、馬はそれを追い払うことでアタマんなかいっぱいみたい。なさけないなー、俺の扶助よりハエのほうが効くなんて。
そしたら、大きめの輪乗りで軽速歩。
最初はゆるゆるとやってんだけど、そのうち詰め伸ばしする。詰めるとき思いっきり詰めるし、伸ばすとき思いっきり伸ばす。

速歩で、詰めといて手綱引っ張んなくても維持できるようになったら、んぢゃ駈歩やりますか。
輪乗りで駈歩スタート、動いてきたなと思ったら、詰める。で、1周か2周かしたら、こんど伸ばす。繰り返し。
伸びてっかなー、スピードは簡単にあがるけど、きのうのストライドには及ばない気がする。

しばし休憩。いったんヤル気になったミラノは、おとなしく休憩しないで、すぐ速歩スタートしそうになるけど。リラックスしなさい。俺の脚、圧してる? 俺の騎座が圧してる?
んぢゃ、また輪乗り。こんどは単純な詰め伸ばしぢゃなくて、ギヤチェンジ混ぜてみるよ。
最初、常歩と軽速歩。常歩しといて、輪乗りのなかでどっか場所決めといて、そっから速歩スタート。1周くらいしたら、また場所決めて、そっから常歩にする。常歩で4分の1周か(常歩に落とすときの状態と維持できてる具合によって)半周したら、また速歩スタート。
手前たまに変えつつ、繰り返し。歩法の切り替えは、準備してから一発で変えるつもりなんだけど、思ったようにはいかない。
あれこれ悩んでると、馬をホメるの忘れる。なるべくスッといったときに、ホメるようにするが、扶助がいい加減なので、馬と理解しあえてるか不明。
こんど、速歩と駈歩。駈歩で1周くらいしたら、速歩に落とす、惰性の速歩しないように気をつけて、詰められたら、また駈歩スタート。繰り返し。
わりと、速歩にしろってのに、すぐ応えてはくれるんだけど、どっちかっていうと、そのあと駈歩のゴーサインが出ることのほうを、ウズウズして待ってるような気がする、ミラノ。

んぢゃ、最後はもう一回、駈歩で詰め伸ばし。これは1周ずつくらいで切り替える。
伸ばせーって言ったときのミラノは楽しそうだ。詰めるのはやっぱ窮屈みたいだけど、そこそこ言うことをきく。
最初うごいてないときには気づかなかったけど、終盤では前に出る力が強くなったぶん、詰めるとき右手前のほうが肩から外にいっちゃいそうになる。
以前、逆だったよねえ、苦労させられてたの、左手前ぢゃなかった? いずれにせよ輪がふくらんでくとき、真ん中に座ってられない自分に気づいて、あれこれと直そうとする。
ま、いっか、と妥協のうちに、練習終了。己にあまいので、ちっとも上達しない。きょうはアブミ上げもしなかったし。

終わったあと、放牧場に連れてくと、前回は門を通るの怖がってたようにみえたけど、今回よろこんでサクサク歩いてった。
放して、好きにさせてやる。なんか、念入りに、寝っ転がってた。
(ただ寝ころぶんぢゃなくて、クビの伸ばして地面に擦り付け方が、念入り感があった。)
(※10月24日 動画追加。ほんっと、気持ちよさそうに寝転がるのな、ミラノったら。)

これは少しほっぽといてもいいなと思って、先にハミとか片づける。
それから放牧場に戻ってみると、たいがいは迎えがくると出口に寄ってくるもんだが、ミラノは私のほうを向かない。

朝から放牧されてて、退屈しちゃってる(腹がへってる?)スカニアのほうが、自分に迎えが来たかと思って、ハナ鳴らしたり、私のいくほうへついてきてたりしたんだけど。
だいぶ汗もひいてきたし、いつまでもほっぽとくわけにもいかないんで、ミラノをつかまえて帰る。
全身洗ってやって、リンゴやって、おしまい。

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ニアフュージョンと楽しく駈歩

2012-10-15 19:00:58 | 馬が好き
土日の仕事で、いちにちあたり、10キロくらい歩く。
なさけないことに、日曜日の夕方から、向こう脛の筋肉(爪先もちゃげると縮むとこ)が痛くなってきた。
はてさて、こんなんで大丈夫かいなと思いつつ、乗馬に行く。

きょうはニアフュージョン。
ひさしぶりぃ。夏は乗ってないし、秋になってから初めてだろ。
でも、ナツ前は、とってもよいイメージだったよ。すごい操縦しやすい感じ。
でも、馬装とかするとき気をつけなきゃいけないんだよねー、ニアフュージョン。
なんつーかな、たとえばブラシをかけたりすると、くすぐったがってパタパタ動くんだけどね。それはどの馬でも多少はあることではあるが。
ニアフュージョンの場合は、そんときに、人間の存在というか立ち位置に、ノーケアなんだよね。悪気は全然ないんだけど、人との距離わかってない感じ。
で、私なんかは、まさかそんな動きすると思ってないから、あっさり足踏まれちゃったりする。踏まれると痛い。
怒ると、ニアフュージョンは鳩が豆鉄砲くらったみたいなリアクションのあと、「あ!?そこにいましたか!?踏んぢゃいました!?スイマセン。あれ!?痛かったですか!?あのー、もしかして怒ってます!?」という顔になる。
「バッカヤロ、気をつけろ」って言ってやるんだけど、憎めない。人間のエリアに入ってきちゃダメよ、って感情をいれずに片手でバリヤーを張りながら作業を続ける。
そんなことしながら、馬装。できたら、行くよ。
厩舎の前で歩いてるときも、ニアフュージョンの場合は、あまりプランプランしないで、キュッキュと歩かせる。こんなとこでハネられてはたまらない。

馬場入って、常歩したら、さて輪乗りで速歩しますか。
大きな輪乗り、あまりラチぞいまでいかない。
私の取り越し苦労かもしれないけど、ニアフュージョンってラチに近づくと妙に緊張するような気がする。
勝手に緊張してるぶんにはいいんだけど、ガン!ってラチ蹴っ飛ばすと周りにも迷惑かけるから。
それと、輪乗りにしてる理由は、なんかこのほうがハミうけがうまくいきそうな気がするから。
ちょっと馬のアタマ内に向けて、内方の脚で圧して、外の手綱で回ること意識してるほうが、ニアフュージョンが素直にいうことをきいてくれるような気がする。
そうするとアタマあげたり、イラッとした感じで後ろ足ハネようとしたりしないと思う。円を描いてるほうが、うまく前に出てくれる。

速歩で詰め伸ばししたら、駈歩で詰め伸ばし。駈歩で人のアタマというか上体が前のほうに行っちゃうと、「重いんだよっ!」って感じでハネられちゃうから気をつける。
そしたら、まだ私はウォーミングアップに納得してないんだけど、早々と横木やるよってことになって。
馬場に置かれた横木3本、その間隔は3.3メートル。それを駈歩で通過。
ノーマルの駈歩だっていうんだけど、向かってく、通過する、「弱い、もっと動かして」って言われる。
フラットワーク(と言えるほどのもんかは知らないけど)で普通にやってるので入ってったのに動いてない、いかに私の普段の駈歩がタラタラかわかる。
二度目もダメで、三度目くらいから何とか形になる。私にしては、伸ばしたつもりの駈歩で、ようやく普通に横木を越えていく。
んぢゃ、こっち、って言われて向かう3本の横木は、4メートル幅。

あれでノーマルぢゃあ、相当出してかなきゃ通過できないだろと思い、うりゃうりゃ、うりゃーって行くんだけど、それでも弱い。
何度でも繰り返し。回転のとこで内側から強く、伸ばしても受けた状態で。幸いニアフュージョンは暴走しない、脚にこたえて相当元気よく前に出るけど、うけてる感がある。
できてきた、すごい躍動感ある駈歩で、ピョンピョンピョンと駆け抜けてく。
そしたら、また間隔せまいほうへ。詰めて、でも強く強く前に出してく。
そしたら、その狭いはずの3.3メートルが、さらに狭い3メートルに縮まる。前に出す、うける、詰める、詰めたら返したい、ニアフュージョンの反応がいいんで、引っ張りっぱなぢゃなくて、少しかえしてる余裕ある状態で横木に入れる。
3メートルが2.7メートルくらいに縮まる。動いてるなかで詰める、引っ張ればいうことはきく、でもケンカするんぢゃなくて返すようにって心掛けて、通過。
そしたら障害やるよ。
コンビネーション通過。さっきまでと同じように、前に出てるのをうける感じでいく。
ちょっと力入れすぎかなって思うけど、コンタクトとれてる感じで飛んでく。
でも3個目がオクサーになって、4個目に少し高いの掛けたあたりで、なんかうまくリズムあわなくなる。
障害の入口で、ニアフュージョンを抑えれば抑えられるんだけど、飛んでくなかで、ちょっと弱く感じる。そうすると、あせって脚つかったり、うりゃーって言いつつ先飛びしちゃう。ニアフュージョンは落ち着いてるのに、上が先にあせって申し訳ない。とにかく邪魔しないようにとだけ思う。手を意識して前に出す。

コンビネーション飛んだあと、もう一回、横木のおさらい。
間隔4メートルの横木を、いい勢いで通過してく。そしたら詰めて、3メートル未満のほうへ入る。
詰めるほうは、もっとゆっくりって言われる、かなりゆっくりなのに。次回もっと詰める、うん、これはいいぞって自分でもわかったステップで、横木を越えてく。
そしたら、また伸ばして4メートルのほうへ。動く、動く。人間(私)も慣れてきたせいか、ついていけるような気がする。
やってみて、障害アブミのほうが、伸ばしてったときにもアブミ踏み下げてる感があるような気がする。あしたから少し短いアブミでやってみようかな。
わかんないけどね、正しく乗れてるか。そういえば最近、外方の脚が前に突っ張るような気がして、逆だ逆、うしろに引かなきゃって、気づいては直してんだけど。
一回っつ、いろんなこと微修正してるんだけど、繰り返してると、ああ、楽しい。ニアフュージョンもゲームのルールをわかってきたみたいだし。
「今度あっち行くぞ、伸ばせー」「こんど詰めるぞ、詰めてもリラックスな」とか、いちいち声に出してんだけど、ニアフュージョンは聞いてくれる感じ。
実際はいっぱいいっぱいなんだけど、なるべく一回っつ通過したらホメる。「楽しいなー、楽しいだろ?」って言う。

ほい、練習終了ーっ。
クールダウンしながら、「いいね、いいね、ニア!」ってホメる。
終わったら、汗びっしょり。
ドシンドシン背中を押しちゃったのは申し訳なかったんで、鞍外したら、放してやる。

ほんのちょっとの時間でも、放してやると、イイ顔になる。

リンゴもらうときも、イイ顔はする。


…どーでもいーけど、夕方になってから腰が痛い。不吉な感じ。
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うーんとセラピー

2012-10-12 20:18:02 | 読んだ本
内田春菊 1990年 河出文庫
きのうのつづき、ただのエッセイ集ぢゃなくて、表紙に「知恵熱エッセイ集」ってあるんだけど。
おかしいことはおかしいって思うスタンスと、独特の文体のバランスが、読んでて病み付きになるようなとこがある。
多摩動物公園で、ライオンの放してあるエリアを走るバスの屋根には、肉がついてるんで、ライオンが寄ってくるのを見物できるんだけど、それに対する感想として、
>でもいちばんこわいのは肉入り紙袋の仕掛けを思いついた人の考え方のような気がする。
とかポツンと言っちゃうとこなんか、妙におかしい。
長くなるけど気に入った物言いを引用すると、
>そういえばよく「フクザツな環境の中で育った」とか言うけど、もっと単純に「非常識な環境」とか「異常な環境」とか言っちゃってもいいのになと、思うときがあります。「複雑な」なんて気を使いすぎな表現だと思います。
なんてとこが好きです。
著者のまわりには、けっこうヘンなひとたちが寄ってきちゃうんだけど、そういうひとの話題をとりあげた結びに、
>私は、Kさんのような性格だったらきっと今のようにお仕事相手の人たちにかわいがってはもらえなかっただろうなと思い、そういう性格に生まれなかったことに感謝するばかりです。
みたいな書き方があるのが、面白がっちゃいけないのかもしれないけど、面白い。
よく出てくる「私は悲しくなってしまいました」みたいなのの発展版というか、ストレートな感じ。
でも、文庫版あとがきで、このころの文体は今と違うと言っている。私は、その後の春菊さんの書くものは、有名な小説を含めて、読んでないんで、知らないけど。
このエッセイのころの文体は、
>握手したいけど手が出せないかんじというか、こんな私でもつきあってくれますか、ともじもじしている文。
なんだそうである。
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見守ってやって下さい

2012-10-11 19:45:12 | 読んだ本
内田春菊 1988年 河出文庫版
とくに前後関係も脈絡もなく、内田春菊さんのエッセイ集。
内田春菊さんの書くものは、おもしろいと思う。
すごい淡々としてるんだけど。
おそらくフーゾク業関係とおもわれる頻繁にかかってくる間違い電話に、どーしてこの電話番号を知ったのか教えてくれと、冷静に見も知らぬ相手を説得するとことか。
料理が好きだって言うひとは、どっか他人から、自分が健康に気をつかって食事を作ってるってことを褒めてもらいたいんぢゃないだろうか、って喝破しちゃうとことか。
テレビ制作者の演出(やらせの要求)に、「いったいなんだったのかしら」とか「ふしぎだなーと思ってたら」とか、素朴にヘンだよって言うとことか。
なんか世の中全般の、ふつうのひとがスルーしかねないとこに、自然にしっかりツッコミをいれるような感じが、とてもおもしろい。
ダメなことはダメ、おかしいことはおかしいって言う素直さが読んでて気持ちいい。
ところどころに出てくる、「私は悲しくなってしまいました」みたいな表現が、ストレートで好きです。
ちなみに、著者は最初のころ自分の書くものを、エッセイぢゃなくて「作文」と呼んでたといいます。
なんか言われてみればそんな感じ、これから私がこれについていい意見を言うぜ、とか、これからおまえら読者の知らないこと教えてやるぜ、みたいなとこがないのが、読んでていいところです。(でも、ピシッと急所ついてたりする。)
あ、もちろん、本文に関係あったり、ときどき関係なかったりする、イラストも好きです。
どーでもいーけど、私もよく「どーして」とか「こーゆーの」とか言文一致体で書くんだけど、この本読み返したら、そーゆーのいっぱいあった。影響うけてんのかな、俺?
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四つの署名

2012-10-10 19:46:24 | 読んだ本
コナン・ドイル/延原謙訳 昭和28年発行・昭和47年32刷改版 新潮文庫版
こないだっからシャーロックホームズ読み返してるんで、長編第二弾。原題は「THE SIGN OF FOUR」。
私が持ってるのは昭和54年の44刷。定価は「緋色の研究」と同じ200円。
冒頭、ホームズは退屈まぎれにコカインを注射して、これは精神をひきたててスッキリするなんて言う、あぶないシーンからはじまる。
でも、そのあとはホームズらしさ満開で、たぶん推理小説をはじめて読むひとなんかを惹きつけてしまうエピソードが出てくる。
ホームズは、探偵には観察と推理と知識が必要だというんだけど、観察と推理の違いって何だってワトスンに訊かれて、
>「たとえば観察は僕に、君がけさウィグモア街郵便局へ行ったことを知らせてくれるが、そこで君が電報を一本うったことを教えてくれるのは推理のほうだ」
と、誰にもいわずに出かけてったワトスンの行き先と用向きを当てる。
そのあとにも、ワトスンが近ごろ手に入れたという懐中時計を見せて、この時計のもとの持ち主がどんな人物だったか当ててみたまえ、という問題を出すと、しげしげと観察して、ワトスンの兄は不精でずぼらで酒を飲む、と当てちゃって、わかるまいと思ってたワトスンを悲しがらせる。
で、そんなことやってると依頼人が来る。若い婦人で、父が10年前から行方不明で、6年前から年に一度とても価値のある真珠が誰からかわからないが送られてくる、なんて相談をもってくる。
そこから事件解決に向けての追究が始まるんだけど、ホームズに言わせるとナゾ自体は簡単。
だけど犬を使っての犯人の足どり追跡とか、ベーカー・ストリート・イレギュラーズによる捜索なんかも含めて、けっこう捕り物としては活劇が展開されることになる。
犯人を捕らえたあと、事件の裏にあった過去の出来事(遠いとこでの出来事、今回はインドでのこと)が語られるっていう二部構成的なとこは、「緋色の研究」と同じ。

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