かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

神秘のウズベキスタンその34 サマルカンド⑤ グリ・アミール廟

2024年10月14日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan


今日もゴルフ。
昨日よりもいい天気。
遅いスタートで、終盤は、西陽が、強い。

前半は、ベストボール競技で、チームワークよく、見事5位入賞。
賞品の餃子をいただいた。
後半は、通常のゴルフだったが、まずまず。
やはり、気候がいいと、スコアも少しはまとまる。



帰る時には、もう西陽。
富士山のシルエットが、美しい。



シャフリサーブスからサマルカンドに戻って訪れたのが、グリ・アミール廟。
タジク語で、支配者の墓の意味。
アミール・ティムールが埋葬されており、インドのフマーユーン廟や、タージマハルにも影響を与えたと言われている。



向いの門からの、撮影スポット。
空の青と、屋根の青が、見事に調和。



ドーム屋根とミナレット。



全体の姿。



見事な入り口。
イーワーンと呼ばれる。
上部の装飾は、ムカルナス様式で、当時の最高峰の技術で作られた。
その周りのタイルも、有数。


中には、ティムールの遠征の説明が。
ティムール帝国の巨大さに驚かされる。



中の美しい装飾。



ティムール像とグル・アミールの模型。
ティムールの遺体は、ソ連によっていったん掘り起こされ、研究材料にされたという。
その結果、モンゴル系とされたそうだ。
その後、戦争が起こったため、遺体は元に戻されたという。
ただ、今の肖像画は、ウクライナ人風に描かれる。



青のドームの内側。
美しい。
高さ38m。



黄金霊廟。
そもそもこの廟は、ティムールの最愛の孫で王位継承者であったムハンマド・スルタンの戦死を偲んで作らせたものだが、その1年後、ティムール自身も中国遠征の途中で急死し、ここに埋葬されることになった。
ティムール自身は、こお前に訪れたシャフリサーブスへの埋葬を望んでいた。
装飾には、黄金がふんだんに使われ、その下地には、サマルカンドペーパーが使われた。
中央の黒緑色(ネフライト)の墓石が、ティムールの墓。
その他に、ティムールの師であるミルサイード・ベリケ、孫ムハンマド・スルタン、孫で第4代君主のウルグベク、息子達、ひ孫達が眠っている。
実際の墓は、地下3mの墓室にある。



外の光も取り入れる。



ティムールの顔に見える?



実際の墓室の入り口。
入室不可。



廟を出たところで売っていたT。
All You Need Is Plov!
Plov は、ウズベキスタンの郷土料理の焼き飯(ピラフ)。
もちろん All You Need Is Love のしゃれ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする