東京出張の二日目。札幌にいないために、これを書くのが8日になっています。
溜めると辛いわ~
さて今日は、
■本省会議~国土交通省と観光 の1本です。
【本省会議~国土交通省と観光】
本省で、我々の上部機関に当たる課から招集があり、全国の企画担当課の職員が一堂に集まっての情報伝達会議が行われた。
我々が扱っている業務は幅が広く、当課の職員も一人一人が役割を分担しているので、参加する職員も多くなるのである。
さて、そんな多くの課題の中でも一番時間を割いたのが観光関係の情報伝達と意見交換であった。
実は政府として観光に関して力を入れ始めたのは、平成13年くらいからで、あまり早くからの取り組みとはとても言えない状態である。
その後平成14年の経済財政諮問会議や政府の基本方針などを受けて、現在のビジット・ジャパン・キャンペーンなどに結実しているのだが、国土交通省の旧建設省系部隊としては、地域の発意を公共事業で応援するというようなモデル事業を細々と行ってはいるものの、国土交通省としての方針や方向性を打ち出したものはまだないのである。
今日も、会議の最初はそのような施策の説明と、募集をかけた制度への応募状況などが説明されたが、まあそれはそれだけのことだろう。
最後の方には9月末に記者発表を行った「観光社会資本」についての説明と今後も数が増えるようなお願いをするのでよろしく、といった説明を受けた。
そこで私からは意見として「本省として、観光振興という社会からの要請に対してどのように臨むのか、という方針がないために、現場ではまだまだ自分たちの作っているインフラ施設に観光という魅力が加わりうるのだという気持ちが浸透していない」という問題提起をした。
「旧建設省の観光政策が、地方公共団体への関連公共事業の実施にとどまっていて良いのだろうか。我々が直轄で作り上げている施設も、本来目的ではないにせよ、観光という側面での地域振興に寄与しているのではないか。とすれば、施設のデザインやちょっとした配慮をするだけでさらにその効果を上げることも可能だと思うのです」
実は、施設のデザインを良質なものにしようという取り組みについては、10年ほど前にシビックデザインという動きがあった。しかしこのときは、その価値や意味を真剣に考えることが出来た職員はほとんどいなかった。
そのために現場では、困ったあげくに擁壁やトンネルの入り口に地域の特産物の絵を描いて事足れりとした事例が多く、結果として批判の声が多くなって一気にその運動がしぼんでしまったという、苦い経験があるのである。
しかし今日、コスト縮減などという社会要請と同時に、観光振興ということも同じくらいの重みのある要請と受け止める時代になったのではなかろうか、と思うのである。
「観光振興に貢献する施設を作る」ということはコスト縮減と何ら矛盾する概念ではない。それはデザイン一つに、ごてごてと余計なものを付け加えるのではなく、例えば橋であれば施設の構造そのものが持つ構造美を百年の歴史に堪えるものとして後世に残す仕事である。
橋の美しさで良く引き合いに出されるのは、旭川で石狩川にかかる旭橋だが、あの旭岳連峰を背景にする、ブレストリブ・キャンチレバー・タイドアーチ橋の美しさこそが百年の歴史に堪える構造美の典型だろう。
こういうものを作り上げた先人たちの気概を我々はどう受け止めるべきなのだろうか。観光という目的ではないにせよ、見て真に美しい、歴史のフィルターに排除されないような施設とは一体何なのかということを真剣に考えるべきなのだと思う。
敢えて言えば、環境をその内部目的化した河川行政と同様に、観光振興を公共事業の内部目的化することは出来ないか、とさえ思うのである。
* * * *
そこまで伝えたけれど、本省としてはそこまでは全く考えていないようで、うーんとうなるばかり。まあ我々がモデル的に先行してみても良いかも知れないな。
会議の中で、参加者から「『観光社会資本』という言葉が一般には分かりづらいのではないか」という意見が出た。
私はすかさず反対意見として、「逆にこのことで、我々職員の側に作っている社会資本には観光という要素が含まれているのだ、という意識を新たにする意味で、大変良い単語を作ってくれたものだと思っています」と反論を述べておいた。
無駄遣いをしようと言うのではないし、これを機会に公共事業を増やそうだとか、単価を上げようなどと言う姑息なことも考えてはいない。
ただ、我々の仕事には地域の実に多様で多くの期待が込められているのだ、ということに気づくことが重要だ。
私も自分で「職員の観光マインド」という単語を作り上げてよく使っているが、そのような意識が育つだろうか。
それが北海道が観光を柱にしようということの一助になることは間違いないと思うのだけれど。
* * * *
昼くらいに一緒に行った職員から「小松さん、エアドゥはきょうも欠航が相次いでますよ」と脅かされて、びくびくしながら最終便の羽田へと向かう。
なんとか今回は無事に到着しました。こういう信頼性というのはどの飛行機に乗ろうかという時の選択基準としては重要だ。
だからといって変える気もない。がんばれエア・ドゥ!
溜めると辛いわ~
さて今日は、
■本省会議~国土交通省と観光 の1本です。
【本省会議~国土交通省と観光】
本省で、我々の上部機関に当たる課から招集があり、全国の企画担当課の職員が一堂に集まっての情報伝達会議が行われた。
我々が扱っている業務は幅が広く、当課の職員も一人一人が役割を分担しているので、参加する職員も多くなるのである。
さて、そんな多くの課題の中でも一番時間を割いたのが観光関係の情報伝達と意見交換であった。
実は政府として観光に関して力を入れ始めたのは、平成13年くらいからで、あまり早くからの取り組みとはとても言えない状態である。
その後平成14年の経済財政諮問会議や政府の基本方針などを受けて、現在のビジット・ジャパン・キャンペーンなどに結実しているのだが、国土交通省の旧建設省系部隊としては、地域の発意を公共事業で応援するというようなモデル事業を細々と行ってはいるものの、国土交通省としての方針や方向性を打ち出したものはまだないのである。
今日も、会議の最初はそのような施策の説明と、募集をかけた制度への応募状況などが説明されたが、まあそれはそれだけのことだろう。
最後の方には9月末に記者発表を行った「観光社会資本」についての説明と今後も数が増えるようなお願いをするのでよろしく、といった説明を受けた。
そこで私からは意見として「本省として、観光振興という社会からの要請に対してどのように臨むのか、という方針がないために、現場ではまだまだ自分たちの作っているインフラ施設に観光という魅力が加わりうるのだという気持ちが浸透していない」という問題提起をした。
「旧建設省の観光政策が、地方公共団体への関連公共事業の実施にとどまっていて良いのだろうか。我々が直轄で作り上げている施設も、本来目的ではないにせよ、観光という側面での地域振興に寄与しているのではないか。とすれば、施設のデザインやちょっとした配慮をするだけでさらにその効果を上げることも可能だと思うのです」
実は、施設のデザインを良質なものにしようという取り組みについては、10年ほど前にシビックデザインという動きがあった。しかしこのときは、その価値や意味を真剣に考えることが出来た職員はほとんどいなかった。
そのために現場では、困ったあげくに擁壁やトンネルの入り口に地域の特産物の絵を描いて事足れりとした事例が多く、結果として批判の声が多くなって一気にその運動がしぼんでしまったという、苦い経験があるのである。
しかし今日、コスト縮減などという社会要請と同時に、観光振興ということも同じくらいの重みのある要請と受け止める時代になったのではなかろうか、と思うのである。
「観光振興に貢献する施設を作る」ということはコスト縮減と何ら矛盾する概念ではない。それはデザイン一つに、ごてごてと余計なものを付け加えるのではなく、例えば橋であれば施設の構造そのものが持つ構造美を百年の歴史に堪えるものとして後世に残す仕事である。
橋の美しさで良く引き合いに出されるのは、旭川で石狩川にかかる旭橋だが、あの旭岳連峰を背景にする、ブレストリブ・キャンチレバー・タイドアーチ橋の美しさこそが百年の歴史に堪える構造美の典型だろう。
こういうものを作り上げた先人たちの気概を我々はどう受け止めるべきなのだろうか。観光という目的ではないにせよ、見て真に美しい、歴史のフィルターに排除されないような施設とは一体何なのかということを真剣に考えるべきなのだと思う。
敢えて言えば、環境をその内部目的化した河川行政と同様に、観光振興を公共事業の内部目的化することは出来ないか、とさえ思うのである。
* * * *
そこまで伝えたけれど、本省としてはそこまでは全く考えていないようで、うーんとうなるばかり。まあ我々がモデル的に先行してみても良いかも知れないな。
会議の中で、参加者から「『観光社会資本』という言葉が一般には分かりづらいのではないか」という意見が出た。
私はすかさず反対意見として、「逆にこのことで、我々職員の側に作っている社会資本には観光という要素が含まれているのだ、という意識を新たにする意味で、大変良い単語を作ってくれたものだと思っています」と反論を述べておいた。
無駄遣いをしようと言うのではないし、これを機会に公共事業を増やそうだとか、単価を上げようなどと言う姑息なことも考えてはいない。
ただ、我々の仕事には地域の実に多様で多くの期待が込められているのだ、ということに気づくことが重要だ。
私も自分で「職員の観光マインド」という単語を作り上げてよく使っているが、そのような意識が育つだろうか。
それが北海道が観光を柱にしようということの一助になることは間違いないと思うのだけれど。
* * * *
昼くらいに一緒に行った職員から「小松さん、エアドゥはきょうも欠航が相次いでますよ」と脅かされて、びくびくしながら最終便の羽田へと向かう。
なんとか今回は無事に到着しました。こういう信頼性というのはどの飛行機に乗ろうかという時の選択基準としては重要だ。
だからといって変える気もない。がんばれエア・ドゥ!