今日は北見方面へ出張。まあ最近は出張が続きます。職場のメールが溜まる溜まる…。
さて今日は、
■丸瀬布のオートキャンプ場
■北見から女満別 の1本です。
【旧丸瀬布のオートキャンプ場】
朝7時24分札幌発の特急オホーツクはスピードが遅くて、特に旭川を過ぎてからの峠道は遅い。ゆっくりというか、のろのろというかとにかくスピードを出さない走りである。
旭川は霧に覆われていたものの、峠を過ぎる頃には青空が広がって山の黄葉や紅葉が目に鮮やかで美しい。
同行してくれた若手とは車両が離れたが、「あれは台湾のお客さんでしょうか、盛んに窓越しに写真を撮っていましたよ」とのこと。台湾ではこのような風景は見られないのでしょうね。
今日のメインは北見での会議に出席する事である。せっかく北見まで行くのなら、ということで、網走開発建設部の担当者にお願いをしてオートリゾートネットワークに加盟している旧丸瀬布町のオートキャンプ場である「いこいの森オートキャンプ場」を見学させてもらう事にした。
この列車は丸瀬布には停車をしないので手前の白滝駅に降り立つ。この駅で降り立ったのは私と部下の二人っきり。こういう仕事がなければもう降り立つ事もない駅の一つかも知れないと思うと、結構感慨深いものがある。
白滝駅からは迎えに来てくれた車で旧丸瀬布町へと向かう。
丸瀬布町はこの10月1日に、遠軽町・生田原町・白滝村の3町村とともに合併し、新しい遠軽町になった。丸瀬布町役場は遠軽町役場丸瀬布支所に名前を変えたばかりである。
いこいの森オートキャンプ場ではT課長さんが迎えてくださって、キャンプ場について説明をしてくださった。
「丸瀬布町は町の面積の96%が森林で、平地は4%しかありません。その森林のうちの95%は国有林なんです。本当に山しかない町です」
この町の産業はなんと言っても木材産業で、国道沿いにはヤマハ指定のピアノ材の工場がある。掛川にも大きなピアノ工場があったけれど、ここでは最近組み立てのかなりのところまでやってしまう事が多くなったとか。
浜松や掛川では塗装するだけなのかも知れない。
材料はかつては近くから切り出したのだけれど、今では適当な材もなくなりロシアなどの外国から輸入して港からこんな山奥までわざわざ運び、そこで加工しているのだという。
港の近くに工場でも作りそうなものだが、良い音を作り出すための木材の保存状態を考えるとここが良いのだそうで、幸いに工場も移転せずにいてくれているという。ありがたいことた。
ここのオートキャンプ場は最近特に人気が増しているのだそうで、道内のオートキャンプ場利用者数では滝野、アルテンについて第三位なのだとか。
その大きな理由は近くに、地元の有志が活動を続けている昆虫館があって、これが子供たちに大人気なのだとか。
また園内では森林鉄道のSL機関車「雨宮21号」が動態保存されていて、夏休みや土、日には希望者を有料で乗せて、一周約4キロほどの線路を煙を上げながら走る姿が人気なのだとか。
このSL雨宮21号は、北海道遺産にも指定されて、往事の北海道の木材産業華やかなりし頃を思い出させてくれる。
もっとも、このSLを動かすという事はかなり大変な事で、走らせる2時間くらい前から火を焚いて釜を暖めるなど準備にも時間がかかるのだとか。
また部品も簡単に手に入るものではないし、壊れたからといってすぐに作れるものでもない。そろそろ壊れそうな部品については、あらかじめ札幌のJR御用達のメーカーにいちいち図面と現物の採寸をしてもらって作ってもらうのだとか。
電気とモーターにはない、機械の持つ暖かみのようなものがあって、ほのぼのとしてくる。
キャンプ場は近くの温泉施設と共に、経営は黒字基調で「夏休みなどは、もう木の下だろうが芝生広場だろうが受け入れるだけ受け入れて、年に数百万円は町に儲けさせていましたよ」とT課長は笑う。
滝野やアルテンにはない、暖かみのあるオートキャンプ場である。国道333号線からは分岐してから約10キロほども川に沿って遡るが、近くをお通りの際は是非立ち寄ってあげて欲しいものだ。
* * * *
続いては遠軽町で昼食。遠軽の地名は厳望岩という一際目立つ大きな高台の岩がアイヌ語で「インカル・ウシ(眺める・いつもする)」という言い方から来たもの。
実はこのインカルウシは札幌の藻岩山もインカル・ウシ・ペ(眺める・いつもする・ところ)と同じように呼ばれていたのだという。和人が間違えて、横にあるモ・イワ(小さな丘=いまの円山)の名をこちらに付けてしまったために藻岩山になってしまったのだとか。
ずいぶんな間違いである。
ちなみに先ほどの丸瀬布は「マウレセプ」という言葉から来ているらしいが、謂われはもう分からなくなっているらしい。惜しい事だが、謎が少しくらいあるのも良いか。
【北見から女満別へ】
北見ではふるさと銀河線の廃止予定に伴う代替輸送問題を協議する会議に出席する。
鉄道には地域の愛着が込められているので、簡単にバスがあるから良いだろうとも言えないのだろうけれど、採算性という壁は厚いものがある。
沿線の住民の皆さんの交通利便の確保に努めて欲しいものである。
* * * *
帰りは明日も朝からいろいろと予定があるので、女満別空港から新千歳空港までの飛行機で帰る事にした。
乗る時間が夜なのが恨めしい。明るければ素晴らしい眺めが広がっていたに違いないのに。まあそれは個人旅行のときに取っておく事にしよう。
今日は女満別の月を楽しむだけにしたのだった。
さて今日は、
■丸瀬布のオートキャンプ場
■北見から女満別 の1本です。
【旧丸瀬布のオートキャンプ場】
朝7時24分札幌発の特急オホーツクはスピードが遅くて、特に旭川を過ぎてからの峠道は遅い。ゆっくりというか、のろのろというかとにかくスピードを出さない走りである。
旭川は霧に覆われていたものの、峠を過ぎる頃には青空が広がって山の黄葉や紅葉が目に鮮やかで美しい。
同行してくれた若手とは車両が離れたが、「あれは台湾のお客さんでしょうか、盛んに窓越しに写真を撮っていましたよ」とのこと。台湾ではこのような風景は見られないのでしょうね。
今日のメインは北見での会議に出席する事である。せっかく北見まで行くのなら、ということで、網走開発建設部の担当者にお願いをしてオートリゾートネットワークに加盟している旧丸瀬布町のオートキャンプ場である「いこいの森オートキャンプ場」を見学させてもらう事にした。
この列車は丸瀬布には停車をしないので手前の白滝駅に降り立つ。この駅で降り立ったのは私と部下の二人っきり。こういう仕事がなければもう降り立つ事もない駅の一つかも知れないと思うと、結構感慨深いものがある。
白滝駅からは迎えに来てくれた車で旧丸瀬布町へと向かう。
丸瀬布町はこの10月1日に、遠軽町・生田原町・白滝村の3町村とともに合併し、新しい遠軽町になった。丸瀬布町役場は遠軽町役場丸瀬布支所に名前を変えたばかりである。
いこいの森オートキャンプ場ではT課長さんが迎えてくださって、キャンプ場について説明をしてくださった。
「丸瀬布町は町の面積の96%が森林で、平地は4%しかありません。その森林のうちの95%は国有林なんです。本当に山しかない町です」
この町の産業はなんと言っても木材産業で、国道沿いにはヤマハ指定のピアノ材の工場がある。掛川にも大きなピアノ工場があったけれど、ここでは最近組み立てのかなりのところまでやってしまう事が多くなったとか。
浜松や掛川では塗装するだけなのかも知れない。
材料はかつては近くから切り出したのだけれど、今では適当な材もなくなりロシアなどの外国から輸入して港からこんな山奥までわざわざ運び、そこで加工しているのだという。
港の近くに工場でも作りそうなものだが、良い音を作り出すための木材の保存状態を考えるとここが良いのだそうで、幸いに工場も移転せずにいてくれているという。ありがたいことた。
ここのオートキャンプ場は最近特に人気が増しているのだそうで、道内のオートキャンプ場利用者数では滝野、アルテンについて第三位なのだとか。
その大きな理由は近くに、地元の有志が活動を続けている昆虫館があって、これが子供たちに大人気なのだとか。
また園内では森林鉄道のSL機関車「雨宮21号」が動態保存されていて、夏休みや土、日には希望者を有料で乗せて、一周約4キロほどの線路を煙を上げながら走る姿が人気なのだとか。
このSL雨宮21号は、北海道遺産にも指定されて、往事の北海道の木材産業華やかなりし頃を思い出させてくれる。
もっとも、このSLを動かすという事はかなり大変な事で、走らせる2時間くらい前から火を焚いて釜を暖めるなど準備にも時間がかかるのだとか。
また部品も簡単に手に入るものではないし、壊れたからといってすぐに作れるものでもない。そろそろ壊れそうな部品については、あらかじめ札幌のJR御用達のメーカーにいちいち図面と現物の採寸をしてもらって作ってもらうのだとか。
電気とモーターにはない、機械の持つ暖かみのようなものがあって、ほのぼのとしてくる。
キャンプ場は近くの温泉施設と共に、経営は黒字基調で「夏休みなどは、もう木の下だろうが芝生広場だろうが受け入れるだけ受け入れて、年に数百万円は町に儲けさせていましたよ」とT課長は笑う。
滝野やアルテンにはない、暖かみのあるオートキャンプ場である。国道333号線からは分岐してから約10キロほども川に沿って遡るが、近くをお通りの際は是非立ち寄ってあげて欲しいものだ。
* * * *
続いては遠軽町で昼食。遠軽の地名は厳望岩という一際目立つ大きな高台の岩がアイヌ語で「インカル・ウシ(眺める・いつもする)」という言い方から来たもの。
実はこのインカルウシは札幌の藻岩山もインカル・ウシ・ペ(眺める・いつもする・ところ)と同じように呼ばれていたのだという。和人が間違えて、横にあるモ・イワ(小さな丘=いまの円山)の名をこちらに付けてしまったために藻岩山になってしまったのだとか。
ずいぶんな間違いである。
ちなみに先ほどの丸瀬布は「マウレセプ」という言葉から来ているらしいが、謂われはもう分からなくなっているらしい。惜しい事だが、謎が少しくらいあるのも良いか。
【北見から女満別へ】
北見ではふるさと銀河線の廃止予定に伴う代替輸送問題を協議する会議に出席する。
鉄道には地域の愛着が込められているので、簡単にバスがあるから良いだろうとも言えないのだろうけれど、採算性という壁は厚いものがある。
沿線の住民の皆さんの交通利便の確保に努めて欲しいものである。
* * * *
帰りは明日も朝からいろいろと予定があるので、女満別空港から新千歳空港までの飛行機で帰る事にした。
乗る時間が夜なのが恨めしい。明るければ素晴らしい眺めが広がっていたに違いないのに。まあそれは個人旅行のときに取っておく事にしよう。
今日は女満別の月を楽しむだけにしたのだった。