地元新聞の釧路新聞に「巷論」という市民ライターによるコーナーがあります。
以前からこのコーナーを担当されている方から「ライターになってほしい」と口説かれていて、関係する各方面の意見を聞いていたのですが、まあ問題ないだろうということで、時々投稿するお許しをいただきました。
そんなわけで私の初めての投稿は今日8月2日の紙面に登場。求められるペースは月に1~2本とのことですので、ヨソ者の視点で釧路が元気になるような前向きな投稿を続けてみようと思います。
どこかでお目に留まったらご覧になってみてください。

【釧路新聞「巷論」20110802】
※ ※ ※ ※ ※
釧路は情報発信があまり上手ではない、と感じている私。これまで自分なりにブログ、地域SNS、ツイッター、フェイスブックと様々な手法で情報発信を続けてみましたが、最近はすっかりフェイスブックを活用する時間が多くなりました。
これって実際にやってみないと分からないことですが、どの手法にも長短があって、今の自分のスタイルに合っているのはフェイスブックのように感じているわけです。
さて少し前にCNNの元記事で、フェイスブックなどによる「友達の限界」というキーワードが話題になりました。まずはこの記事をご覧ください。
【元フェイスブック社員がたどりついた「友達の限界」】
http://bit.ly/oyqA0v
---------------≪ ここから引用 ≫--------------
(CNN) 交流サイト(SNS)大手フェイスブックの元社員デイブ・モリン氏は言う。真の友達が50人以上いるはずはない。オックスフォード大学のロビン・ダンバー教授が指摘するように、人間の脳は人付き合いの範囲が150人を超えると処理しきれなくなる。
最近ではツイッターやフェイスブックといったインターネットのサービスを介して人々の交流の輪が広がっている。フェイスブックのユーザーは平均して130人もの「友達」とつながっているという。
だがこの広がりすぎた交際範囲こそ、モリン氏が専用ソフトを使ったSNS「パス」を立ち上げた理由だった。パスでは1人のユーザーが持てる友達数は50人以下。目指すところは親密で心に残る情報や体験の共有だと彼は言う。
「パスは親しい友人や家族にターゲットを絞り、50人の最も親しい人たちとのより深く親密な関係を作り上げている」と、モリン氏は先ごろテキサス州で開かれた技術会議で語った。
(…中略…)
フェイスブックとは違い、パスのユーザーはまだ「数十万人」にすぎない。だが業界では大きな反響を呼んでいる。
---------------≪ 引用ここまで ≫--------------
私自身もフェイスブック上での友人の数は150名ほどですが、中には一度もあったことがなくて知人から紹介された友人の数も増えました。
上記のデイブ・モリン氏は、フェイスブック上の友人にも温度差があって、本当に馬鹿なことを平気で言い合えるレベルの友人と、そこまでは自分をさらけ出せない友人、実は会ったこともないけれどネット上での情報交換は構わないというレベルの友人などの階層があるということに気が付いたのでしょう。
私は50人という範囲にこだわるものではありませんが、階層の異なる方に読まれているということを意識すると表現を意識しますし、さらけ出す深さにもブレーキがかかることでしょう。
そのうち友人にレベルをつけられるようになって、「レベル3の友人まで公開」なんてことができるようになるかもしれませんし、異性の友人だったら、なんとか友人レベルを上げたいと頑張ったりすることもあるかもしれません。
ネット交流の世界もまだまだ発展途上で、いろいろな想像力を必要とする活気あふれる世界であることを実感しますが、この感覚を養うことこそが現代社会を生きてゆく上で必要なことなのだと思います。
これもまた生涯学習です。

【友達の数には限界があるべきかもしれない】
以前からこのコーナーを担当されている方から「ライターになってほしい」と口説かれていて、関係する各方面の意見を聞いていたのですが、まあ問題ないだろうということで、時々投稿するお許しをいただきました。
そんなわけで私の初めての投稿は今日8月2日の紙面に登場。求められるペースは月に1~2本とのことですので、ヨソ者の視点で釧路が元気になるような前向きな投稿を続けてみようと思います。
どこかでお目に留まったらご覧になってみてください。

【釧路新聞「巷論」20110802】
※ ※ ※ ※ ※
釧路は情報発信があまり上手ではない、と感じている私。これまで自分なりにブログ、地域SNS、ツイッター、フェイスブックと様々な手法で情報発信を続けてみましたが、最近はすっかりフェイスブックを活用する時間が多くなりました。
これって実際にやってみないと分からないことですが、どの手法にも長短があって、今の自分のスタイルに合っているのはフェイスブックのように感じているわけです。
さて少し前にCNNの元記事で、フェイスブックなどによる「友達の限界」というキーワードが話題になりました。まずはこの記事をご覧ください。
【元フェイスブック社員がたどりついた「友達の限界」】
http://bit.ly/oyqA0v
---------------≪ ここから引用 ≫--------------
(CNN) 交流サイト(SNS)大手フェイスブックの元社員デイブ・モリン氏は言う。真の友達が50人以上いるはずはない。オックスフォード大学のロビン・ダンバー教授が指摘するように、人間の脳は人付き合いの範囲が150人を超えると処理しきれなくなる。
最近ではツイッターやフェイスブックといったインターネットのサービスを介して人々の交流の輪が広がっている。フェイスブックのユーザーは平均して130人もの「友達」とつながっているという。
だがこの広がりすぎた交際範囲こそ、モリン氏が専用ソフトを使ったSNS「パス」を立ち上げた理由だった。パスでは1人のユーザーが持てる友達数は50人以下。目指すところは親密で心に残る情報や体験の共有だと彼は言う。
「パスは親しい友人や家族にターゲットを絞り、50人の最も親しい人たちとのより深く親密な関係を作り上げている」と、モリン氏は先ごろテキサス州で開かれた技術会議で語った。
(…中略…)
フェイスブックとは違い、パスのユーザーはまだ「数十万人」にすぎない。だが業界では大きな反響を呼んでいる。
---------------≪ 引用ここまで ≫--------------
私自身もフェイスブック上での友人の数は150名ほどですが、中には一度もあったことがなくて知人から紹介された友人の数も増えました。
上記のデイブ・モリン氏は、フェイスブック上の友人にも温度差があって、本当に馬鹿なことを平気で言い合えるレベルの友人と、そこまでは自分をさらけ出せない友人、実は会ったこともないけれどネット上での情報交換は構わないというレベルの友人などの階層があるということに気が付いたのでしょう。
私は50人という範囲にこだわるものではありませんが、階層の異なる方に読まれているということを意識すると表現を意識しますし、さらけ出す深さにもブレーキがかかることでしょう。
そのうち友人にレベルをつけられるようになって、「レベル3の友人まで公開」なんてことができるようになるかもしれませんし、異性の友人だったら、なんとか友人レベルを上げたいと頑張ったりすることもあるかもしれません。
ネット交流の世界もまだまだ発展途上で、いろいろな想像力を必要とする活気あふれる世界であることを実感しますが、この感覚を養うことこそが現代社会を生きてゆく上で必要なことなのだと思います。
これもまた生涯学習です。

【友達の数には限界があるべきかもしれない】