昨日のブログでアルバイトのことを話題にしたら、早速フェイスブック上で知人から下記のようなコメントが寄せられました。印象的だったのでちょっと紹介させていただきます。
≪Wさんからのコメント≫
TV局で数泊のゴルフ中継に出かけた際、夜ご飯を食べているときに正社員の方から「どうして蟹を食べないんだ?」と聞かれました。
実は、大学生になっても好き嫌いは激しかったのですが、「君はどこの会社に就職するのか分からないが、食べてみることもせずに好き嫌いをしていては、まともな仕事はできないぞ」と忠告されました。
とても心に残った一言で、それ以来、好き嫌いは一切しなくなりましたが、「まともな仕事」ができない原因は、ひょっとするとそこにあるのかなぁと、毎日反省しています(笑)。
※ ※ ※ ※ ※
Wさんは若いときに良い忠告をしてくれる人生の先達に出会ったようです。
このエピソードのポイントは、一言で言うと、「好奇心をいかにもつべきか、好奇心をいかに持ち続けることができるか」という事だと思います。
このことは多くの場面で違った表現で語られてはいるのですが、真にその意味を理解して、自らの行動を変容させることができる人は案外少ないのです。
違った表現とは例えば「現場百回」、「現場にこそ真実がある」などということだってそう。現場から遠くにいて何かを決める立場にいるような者こそ、決めたことがどのような影響や効果をもたらしているのかを、現場を訪ねて自分の目で見てみることで常に確認をしなくてはいけません。
現場というまさに「今、コトが起きている」その場所の現実、真実を知る努力をしなくてはいけません。
実際には時間が足りないとか、なかなか行く機会がないとか時間という物理的な制約がありますが、それを言い訳にせず、常に意識だけはもちたいものです。
※ ※ ※ ※ ※
私の人生の師匠である掛川市の榛村市長(当時)とも面白い経験がありました。それは、「地滑りが発生しそうだ」という連絡を担当職員から受けて、それを市長へ報告したときのこと。
開口一番、市長からは「こままささん、その現場へ行った?」と訊かれ、「あ、まだです」と言うと、「じゃ行こうか、車出してもらって」とその足で二人で車で現場へ行くこととなりました。
榛村さんと一緒に現場へ立ってみて初めて、図面で見た位置関係はこういう事だったのか、ということや高低なども分かり、頭の中にイメージがつかめました。
榛村さんからは「現場には音も匂いも風もある。それらを全て感じるのがいいんだよ」と言われ、時間や疲れなどの制約を超えたところで、五感全て、いや第六感まで含めて全身全霊を使って現場を見て理解しようとする凄みを感じたものです。
そういう姿勢そのものが「生涯学習の実践」ということであり、現場や全ての真実と『繋がろうとする意志』だ、と気づいたのはもう少し後のこと。
それ以来私自身も勝手ながら生涯学習道場の末席にちょこんと座らせてもらいながら、自分なりの実践を続けようと思っているのです。
※ ※ ※ ※ ※
よく「好奇心のある人」などと言いますが、そうではありません。
好奇心は自ら持とうという意志を持って持つべきものだし、好奇心のある生き方はしようと思えばできることです。
知らないことを放っておかない、誘われたら行ってみる、馬には乗ってみる、人には声をかけてみる…。
こんなことは何度も言われているはずで、あとはやらないことへの言い訳をしない自分自身の実践があるかどうかだけ。
人生にはまだまだ面白いことが知られずにあるものです。

【食べるのには好奇心とちょっとの勇気が必要なのです】
≪Wさんからのコメント≫
TV局で数泊のゴルフ中継に出かけた際、夜ご飯を食べているときに正社員の方から「どうして蟹を食べないんだ?」と聞かれました。
実は、大学生になっても好き嫌いは激しかったのですが、「君はどこの会社に就職するのか分からないが、食べてみることもせずに好き嫌いをしていては、まともな仕事はできないぞ」と忠告されました。
とても心に残った一言で、それ以来、好き嫌いは一切しなくなりましたが、「まともな仕事」ができない原因は、ひょっとするとそこにあるのかなぁと、毎日反省しています(笑)。
※ ※ ※ ※ ※
Wさんは若いときに良い忠告をしてくれる人生の先達に出会ったようです。
このエピソードのポイントは、一言で言うと、「好奇心をいかにもつべきか、好奇心をいかに持ち続けることができるか」という事だと思います。
このことは多くの場面で違った表現で語られてはいるのですが、真にその意味を理解して、自らの行動を変容させることができる人は案外少ないのです。
違った表現とは例えば「現場百回」、「現場にこそ真実がある」などということだってそう。現場から遠くにいて何かを決める立場にいるような者こそ、決めたことがどのような影響や効果をもたらしているのかを、現場を訪ねて自分の目で見てみることで常に確認をしなくてはいけません。
現場というまさに「今、コトが起きている」その場所の現実、真実を知る努力をしなくてはいけません。
実際には時間が足りないとか、なかなか行く機会がないとか時間という物理的な制約がありますが、それを言い訳にせず、常に意識だけはもちたいものです。
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私の人生の師匠である掛川市の榛村市長(当時)とも面白い経験がありました。それは、「地滑りが発生しそうだ」という連絡を担当職員から受けて、それを市長へ報告したときのこと。
開口一番、市長からは「こままささん、その現場へ行った?」と訊かれ、「あ、まだです」と言うと、「じゃ行こうか、車出してもらって」とその足で二人で車で現場へ行くこととなりました。
榛村さんと一緒に現場へ立ってみて初めて、図面で見た位置関係はこういう事だったのか、ということや高低なども分かり、頭の中にイメージがつかめました。
榛村さんからは「現場には音も匂いも風もある。それらを全て感じるのがいいんだよ」と言われ、時間や疲れなどの制約を超えたところで、五感全て、いや第六感まで含めて全身全霊を使って現場を見て理解しようとする凄みを感じたものです。
そういう姿勢そのものが「生涯学習の実践」ということであり、現場や全ての真実と『繋がろうとする意志』だ、と気づいたのはもう少し後のこと。
それ以来私自身も勝手ながら生涯学習道場の末席にちょこんと座らせてもらいながら、自分なりの実践を続けようと思っているのです。
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よく「好奇心のある人」などと言いますが、そうではありません。
好奇心は自ら持とうという意志を持って持つべきものだし、好奇心のある生き方はしようと思えばできることです。
知らないことを放っておかない、誘われたら行ってみる、馬には乗ってみる、人には声をかけてみる…。
こんなことは何度も言われているはずで、あとはやらないことへの言い訳をしない自分自身の実践があるかどうかだけ。
人生にはまだまだ面白いことが知られずにあるものです。

【食べるのには好奇心とちょっとの勇気が必要なのです】