昨日までの黄砂による薄ぼんやりした天気と打って変わって今日は、清々しいほど遠くまで見通しの効く空気の澄んだ一日となりました。
庁舎の北側の窓際に立てばはるか遠くにサハリンの島影がいくつも見えます。
そして庁舎の南側の窓際に立てば市内の高台の向こうに利尻富士がくっきりと見えます。私の部屋からだとちょうどNHKの鉄塔と重なるのですが、こういう角度で見えると知ったのは今日が初めてでした。
今の庁舎は海の部分を埋め立てた新しい土地で、以前の庁舎はもうすこし海から離れた山側にありました。
以前の庁舎だったら海側は見えたとしても山側の利尻富士は見えなかったことでしょう。
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さて今の庁舎を埋め立てる前はこの土地は砂浜だったのですが、この浜には印象的な思い出があります。
旭川で高校に入った後、高校二年生になるときに父の転勤で家族が旭川から稚内に引っ越してゆきました。私は旭川で下宿に入り残りの二年間を過ごしたのですが、この二年間は親元への帰省先が稚内だったのです。
旭川から夜行列車で稚内へ向かう夜行列車は「急行利尻」だったか「急行礼文」だったか忘れてしまいましたが、朝焼けの宗谷丘陵に続くカーブをカターン、カターンと走る列車の車窓の風景を今でも覚えています。
帰省していた夏休み中に母と一緒に行ったのがこの前浜での昆布干しのアルバイトでした。
朝早くに現地に集合すると、小舟が沈まんばかりに昆布を満載して浜に戻ってきます。それを人数をかけて小石が敷き詰められた昆布干場に隙間なく敷き詰めてゆきます。
昆布の裏表を見極めて同じ面を向けて敷き詰めるのですが、このとき初めて昆布に裏と表があることを知りました。
そんな早朝の作業はほぼ一時間でおしまい。家に帰って朝食を食べて午前中を過ごすと昼過ぎに再び集合することになっていて、午前中に乾かした昆布を今度は集めて倉庫に入れる作業をします。
これも小一時間で作業が終了。これで当時一日約5千円がもらえた覚えがあります。人生で様々なアルバイトをした私ですが、一番効率の良いアルバイトでとても嬉しかったのでした。
公務員じゃなければ今でも夏にアルバイトをしたいくらいです(笑)
もう40年前の稚内の思い出でした。