「舌鼓を打つ」の ‘舌鼓’ は、「したつづみ」と読んでもよいし「したづつみ」と読んでもよい、と辞書にはあるが(デジタル大辞泉)、わたしは「したづつみ」(「つ」を濁らせる)が自然であるように思う。
下積みを「したづみ」と読み、深爪を「ふかづめ」と読み、人妻を「ひとづま」と読むのと同じである。
(下、深、人、舌などが「つ」の前に来ると、「つ」が濁って発音される)
したがって、時折、テレビの旅番組やグルメ番組で、「したつづみ」と、「つ」を濁らない澄んだ音(おん)で発音されるのを聞くと、少し違和感がある。
ところが先日、今人気のNHKの番組「チコちゃんに叱られる」の中で、ナレーションの森田美由紀アナウンサーは、舌鼓を「したづつみ」と濁って発音していた。
森田アナといえば、ニュースからナレーションまでなんでもこなす、実力派のベテランアナウンサーである。
わたしは昔からこの人を知っているが(もちろんテレビで)、まさにディス・イズ・ザ・アナウンサーと言っていい人だと思う。
そんな森田さんが ‘したづつみ派’ だったのだ。うれしいではないか。
森田さんは、この「チコちゃんに叱られる」の別の回で、「現存する」を「げんそんする」ではなく「げんぞんする」と濁って発音していた(辞書ではどちらも許容)。
わたしも実は、この「げんぞん」と、濁ったほうが好みに合う。
それは例えば、依存が「いそん」より「いぞん」、共存が「きょうそん」より「きょうぞん」のほうがいいと思う感覚と似ているようにも思う(辞書ではすべて許容されている)。
アナウンサーの森田さんも、きっと濁るほうに賛成してくれるにちがいない。
ところで、「自転車」は、辞書では「じてんしゃ」という読み方しか載っていないが、わたしには「じでんしゃ」と濁るほうがしっくりくる。
「じでんしゃ」が辞書にないということは、わたしが小さいころ育った新潟の片田舎の方言だったからかもしれない。
でも、方言ならそれはそれでよし。いまさら直そうとは思わない。
2019.5.14
*以下2020.3.11追記
先月21日、同じ「チコちゃんに叱られる」を見ていたら、森田美由紀アナウンサーは舌鼓を「したつづみ」と発音していたようにも聞こえました。(「トウガラシはなぜ辛い」の回)
そうすると上の記事の論理構成がくずれてしまいますが、いったんアップした記事なので、これはこれでこのままにしておきたいと思います。わたしの耳の悪さと、お許しください。
(でも森田さんの発音はとてもやわらかく上品で、わたしにも違和感はありませんでした)
*写真はテントウムシ。本記事と関係ありません。