先日所用で板橋方面に行った帰り、池袋の居酒屋、「千登利」に寄ってきた。
ここはわたしが行き始めて、少なくとも30年の余は経つ店だ。といってもさほど頻繁に通っていたわけではないので、真正の馴染み客とはいいがたい。
店内は入口から奥へ15~6人がすわれる長いカウンター席があって、これがメイン。あとテーブル席が少々。
居酒屋としては大きすぎず小さすぎず、「一人飲み」の好きなわたしには、カウンターにすわれば居心地のよい店である。
上の写真はこの店の看板メニュー、牛肉豆腐 650円。
お店を入ってすぐのカウンター内にある大鍋で、いつも大ぶりの豆腐と肉を追加しつつ、ぐつぐつと煮込んでいる。
注文があると牛肉豆腐専用の楕円形の皿に盛って、その上に刻みネギをたっぷり載せ、間をおかず出してくれる。
これがあればビール1本は飲める。あと、やきとん2~3本に日本酒2合もあれば、その夕、わたしには十分である。
実は昨年、何年かぶりで訪れて驚いたのだが、ずっと長くこの店を経営してきたマスターとママさんが亡くなっていたのだ。
カウンター内の壁際に、遺影風のママさんの小さな写真がおいてあったので、店の人に聞いてみると、そう教えてくれた。
ママさんは2年ほど前に、ご主人のマスターはそのまた2年ほど前に・・。
息子さんもいるらしいが、ほかの仕事についているのか直接店には出てこない。「わたしは ‘雇われ店主’ ですよ」とその人は言っていた。
ママさんはいつもシャキッと姿勢がよく、凛とした雰囲気をただよわせていた方だった。
一度、客のおじさんが、「勘定がおかしい」とクレームをつけていたのを目撃したことがある。
この店は、出した酒の徳利もビール瓶も、牛肉豆腐の皿も、その席の客が飲み終わって帰るまで、そのままにして片付けない。
やきとんを食べたあとの串は、自分用の小さい串入れコップに入れるルールになっている。
つまり飲んだあと食べたあと(跡)が、そのまま ‘目に見える請求書’ になっているのだ。
ママさんは客のおじさんにそれをていねいに説明し、毅然として後に引かなかった。そのときのクレームおじさんは、納得するしかなかったのである。
この店の日々のルーティンとしては、ママさんは4時半の開店から7時過ぎまでいて、後に来るマスターと替わるという形だった。
店員は ‘焼き’(やきとん)担当の人と、アルバイトの学生など3名ほど。
以前、マスターに聞いたところによると、店の始まりは終戦直後だと言っていたから、今年でもう創業80年近くになる。
形は若干変わったかもしれないが、やきとんと牛肉豆腐を軸に、メニューをいたずらに増やすことなく、同じような形をずっと続けてきたのであろう。
酒の燗も ‘チン’ などせず、むかしからきちんとお湯でつけていた。このほうが酒は旨いし冷めにくい。ここもわたしの気に入っていたところ。
店員が替わっても、客を大事にする心と店の流儀は変えない。これが池袋の老舗居酒屋としての千登利の評価を固めてきたのだと思う。
いまの ‘雇われ店主’ の人も、人柄が良さそうなので、また覗いてみようと思う。
この千登利については、このブログでも何度かとり上げている。ご高覧いただければ幸いである。
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