結婚した二人がいきなり投獄されるシーンはショッキングで、本来家族でどこに住んでもそれだけで逮捕されていいわけはなく、公民権運動前の状況でまかり通っていた南部の法制度の理不尽さがわかる。
ただそこから二人が州と法律的な戦いを繰り広げるかというとそうではなくて、バージニアには一緒に住めないので生まれてきた子供も含めてワシントンDCに住み、夫は州境を超えて仕事に通い、妻はワシントンで子供の世話をする、という生活を送るわけで、一見して仕事場と住居が二つの州にまたがっているだけで普通の生活をしているわけで、家族が引き離されて生きなくてはいけないというほど悲劇的な状態になるわけではない。
ここが若干ドラマとすると肩透かしをくった気分になった。あと、州が違う(正確にいうとワシントンDC=District of Columbia コロンビア特別区は全米で唯一どこの州にも属さない)ということが画としてきっちり示されていないのは手落ちだろう。場所によってルールが変わるというのがきちっと見る側に打ち込まれない。
法律的な戦いを繰り広げるのはこの事例をむしろ公民権運動に絡めて政治的に利用しようとしていると思しき弁護士たちで、費用も夫妻が負担する必要はないと聞かされた夫がタダの弁護士なんて信用できるか(ごもっとも)、とぼそっと言うほか全体としてあまり乗り気ではない。せっかく一応平穏に暮らしているのがことを荒立ててまた逮捕されるなどということになりかねないからで、もっともな懸念だ。
妻の方が平穏無事を望まずおそるおそるではあっても司法長官に手紙を書いたり弁護士たちの提案に乗ったり、とリードしているのはやはり差別される側の黒人だからということになるのだろう。夫が黒人の仕事仲間たちと酒場で、おまえは離婚したらそれで済むと言われて苦い思いをするシーンとも対応している。
結局弁護士たちの魂胆と行動がよくわからないので、異人種の結婚を禁止する法が廃止されて結果オーライにはなるけれど、主人公たちはダシにされた格好で主体的に動いているわけではないので、役者はうまいし当時の風俗の再現ぶりも堂に入っているけれど、どうもすっきりしない。
(☆☆☆★)
映画『ラビング 愛という名前のふたり』 - シネマトゥデイ
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