小室直樹さんといえば、もう亡くなられて10年になるが、「変なおじさん」と記憶している人も多いものと思う。
確かに、「変なおじさん」なのだが、私は小室さんを評価している。「変人」だけど「天才」だと思う。それは、別に彼の政治思想に共鳴しているからではない。小室さんの「論理の方法」(東洋経済新報社)を読んでからで、小室さんは、論理を使いこなすためには、まずモデルを作ることの大切さを喝破しているからだ。モデルによって分析を行うことは理系の人たち(少なくともあるレベル以上の人たち)には常識的なことなのだが、小室さんは社会科学においてもモデルの重要さを説いている。これは目から鱗が落ちるようなことだ。本書は、その小室さんに関する評伝である。
彼は、東京で、母チヨの姓を持つ爲田直樹として生まれた。その後父である小室隆吉が認知し、更には、父と母が結婚したため小室直樹となった。しかし、比較的裕福だった小室家も父が亡くなり、生活が厳しくなる。そのため小室さんは母の生まれ育った会津の地で叔母に育てられた。彼は、極貧の暮らしながら、旧制会津中学から新制会津高校に進み、そして、学部は京大理学部数学科を出て、修士は大阪大学経済学研究科、博士は東大法学政治学研究科で取っている。この間色々あったようだが、彼の進む道の変遷はなかなか興味深い。
西の天才が南方熊楠なら、小室さんは東の天才と言えるだろう。その過激な物言いに、反発も多かったが、彼の弟子と言われる人も多い。彼は酒と猫を愛したが、暮しぶりは清貧そのもの。晩年、著書がベストセラーになったりしたので、少し裕福になったが、それでも派手な暮らしとは縁がなかった。
小室さんは多くの著書を書いているが、時代の流れとともに多くが忘れ去られていっているように思う。このような中でこういう人がいたという評伝を著すことは大切なことだろう。本書は分厚く、上下巻に分かれており、それぞれ700ページ弱あるが、内容がなかなか興味深く、直ぐ読み終えてしまった。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。