耳袋秘帖 人形町夕暮殺人事件 (文春文庫) | |
クリエーター情報なし | |
文藝春秋 |
・風野真知雄
本書は、元祖刺青奉行で、江戸時代の奇談・怪談集としても知られる「耳袋」の作者としても知られる根岸肥前守鎮衛が活躍するシリーズの一冊だ。
この作品で扱われているのは、現在の人形町界隈で起こった不思議な3すくみの殺人。現在とわざわざ断ったのは、江戸時代には「人形町通り」というものはあったが、人形町という地名はなかったと書かれているからである。
この3すくみの殺人事件というのはとても奇妙なものだ。人形屋の清兵衛が胸に杭を打ち込まれて殺され、芝居茶屋の娘のおかつが毒殺され、そして人形遣いの両吉が絞殺される。これだけなら、普通の連続殺人事件なのだが、それぞれの死体の近くには、他の被害者の死にざまを暗示するような「ひとがた」が落ちていたのだ。3すくみというのは、要するにジャンケンと同じで、お互いにひとがたの方法で他の人間を殺し合ったとすれば、三角形が閉じてしまい、誰かは死人が殺したということになってしまう。
もちろん、死人が殺人事件を起こすはずがないので、普通は誰か第三者が犯行に及んだと考えるだろう。その謎を解き明かすのが、我らが根岸様という訳である。ところが、なぜか今回お奉行様は絶不調。還暦を過ぎても頭脳明晰。若い恋人も持って、いつもは元気いっぱいのはずなのに、今回はほとんど寝込んでいる。実はこのことも、今回の事件と大きく関連している。
明らかになるのは、ある男の妄執。お奉行様もどこで恨みを買うか分からないから大変である。
☆☆☆☆
※初出は「風竜胆の書評」です。