ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書) | |
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中央公論新社 |
数学の世界にも、きら星のように輝く多くの天才たちが存在するが、その中でも天才中の天才と呼べるのは、ガロアを置いてないだろう。その後の数学に、大きな影響を与えるような理論を提唱しながらも、生前は正当に評価されず、わずか20歳で、決闘により命を落とした。そんな哀しき天才の生涯を描いたのが、この「ガロア―天才数学者の生涯」(加藤文元:中公新書)である。
ガロアは、1811年、パリ近郊の小さな村で生まれ、11歳で、パリのリセ(高等中学校)、「ルイ・ル・グラン」に入学した。当初は優秀な成績だったガロア少年だが、校長の偏った教育理念により、第二学級を2回やることになってしまう。それも一旦は、上の修辞学級に上がってからのことで、つまりは、高校3年生が、学年の途中から2年生にされたようなものだから、いわゆる落第よりもひどい処置であろう。
しかし、「人間万事塞翁が馬」という諺もあるように、何が幸いするか分からない。学校側のこの処置は、ガロア少年の心を大きく傷つけたのは想像に難くないが、彼はこの2回目の第二学級で、数学に出会い、その才能を一気に開花させたのである。ガロア15歳のときのことだ。それまでは、数学に興味を持っているようでもなかった彼が、その後の数年で、数学史を塗り替えるような業績を残すのだから、数学の世界では、いかに才能というものが物を言うかということが分かるだろう。
彼は、理工系のエリート養成のための高等教育機関である、エコール・ポリテクニークの入学試験に二度失敗しているが、最初の試験に不合格となって、リセにもどったとき、今度は、彼を正当に評価してくれるリシャールという有能な教師に出会ったのだ。やはり、「人間万事塞翁が馬」、彼にとっては不本意だったろうが、数学の世界にとっては、大きな僥倖だったと言えよう。
彼はルシャールの励ましにより、この時期に最初の論文を数学の専門雑誌に発表した。これが17歳のころで、日本ならまだ高校2年生である。高校2年生の書いた論文が専門誌に掲載されるなど、現代の日本ではまず考えられない。天才少年ガロアのデビューとしては、華々しいものだったと言えるだろう。しかし、その後の彼の人生は、挫折の連続だった。
本書には、ガロアがどのような業績を残したのかについても詳しく説明されている。2次方程式は、根の公式を使えば解けることはご存じだろう。この公式には、平方根と言うものが出てくる。同じように3次方程式の解法には、立方根というものが出てくるのだ。このようにべき根を使って4次方程式までは代数的方法により解くことができるのである。しかし、これが5次方程式になると、一般的には代数的方法では解くことができない。これを証明したのが、ガロアと同時代を生き、やはり天才と呼ばれながらも夭逝した、アーベルであった。
しかし、全ての5次以上の方程式が、代数的方法で解けない訳ではない。ガロアの目指したのは、「与えられた任意次数の代数方程式が代数的方法で解けるための必要条件を見つける」ということであった。これが成し遂げられれば、アーベルの業績は、そのひとつの応用でしかなくなってしまう。
ガロアは、この論文をアカデミーに提出した。このとき彼の論文を査読したのがコーシーであったという。コーシーは、かなり気難しい人物だったようだが、著者は、彼はガロアの論文を十分に理解し、評価していたと推測している。だが、コーシーの勧めにより、書きなおしてアカデミー大賞に応募した論文も、査読者であったフーリエの突然の死によって散失してしまう。そして、ガロアの最大の理解者であったと思われるだが、コーシーも、当時の政治的混乱の影響で亡命を余儀なくされる。
そして、エコール・ポリテクニークを再受験するも失敗し、不本意ながらエコール・プレパラトワール(高等準備学校:現在のエコール・ノルマル)に進学するも、共和主義に耽溺していた彼は、その言動の過激さにより放校されてしまう。そして、3度目の正直としてアカデミーに提出した論文も、査読者であるポアソンとラクロアに理解されず、リジェクトされてしまったのである。天才とは他人から理解されず、不遇をかこつものであるというのは、よくある話ではあるが、彼の生涯は、それを地で行っているといえるだろう。
ところで、彼の伝説は、その早すぎる死という悲劇によって彩られている。一般には、決闘によって死んだとされているが、本書によれば、その死には様々な疑問があるという。一体彼は、なぜ死ななければならなかったのか。僅か20歳で死んだにも関わらず、その後の数学の歴史を一変させたような大天才である。if の世界をいくら考えても、所詮は詮無いことだが、もし彼がこのとき死ななかったらその後の数学の歴史はどうなっていたのかと、どうしても考えてしまう。
まさに、ガロアの前にガロアなく、ガロアの後にガロアなし。激動の時代のフランスを彗星のように通り抜けた、稀代の天才数学少年ガロアの生涯の物語は、読者の心に大きな余韻を残すだろう。特に数学に関する詳しい知識がなくとも、十分に読むことができるので、数学の苦手な方にも、ぜひ勧めたい一冊である。
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