・ハル・クレメント、(訳)鍛冶靖子
宇宙船から犯罪者(ホシ)を追ってやって来た捜査官(捕り手)。彼らは他の生物に入り込んで生きるゼリー上の不定形生物だった。彼らの乗った宇宙船が南太平洋に墜落。捕り手は、ロバート(ボブ)という15歳の少年を宿主に、ホシを追う。ホシも捕り手と同様に、人間になかに潜りこんでいるはず。果たしてホシは誰の中に潜んでいるのか。
本書の大きな特徴は、宇宙人が、地球での活動のために、地球人と共生をするというところだ。円滑な移動や食物や酸素の供給を宿主が行う代わりに、宇宙人の方は、宿主を怪我や病気から出来るだけ守るのである。宇宙人と地球人の共生を描いた本書の初刊は1950年。その後の共生生命SFに大きな影響を与えたという。本書の帯には、「寄生獣」や「ヒドゥン」が例として挙げられているが、考えてみれば「ウルトラマン」だってそうだし、このほかにも思い当たる作品は多いのではないだろうか。
ところで、タイトルの「20億の針」についてはどうかなと思う。この20億というのは、作品発表当時の世界の人口である。すなわち、誰の中に入り込んでいるかわからないので、操作の対象が最大20億人もいるというわけだ。しかし、世界の人口が70億人を超えた現代社会で、この数字がピンとくる人はどれだけいるのだろう。
またこのタイトルは原題に照らすと正確ではない。英語には、「To look for a needle in a haystack」という言い回しがある。乾草の山から一本の針を探すということで、不可能なことの例えだ。そして 原題は「NEEDLE」。つまりは干し草の中に混じっている針のことだ。だから、20億あるのは、針の方ではなく干し草の方だということになる。「NEEDLE」は単数形なので、本来なら「一本の針」というのが正確なタイトルだろう。
巻末の牧眞司氏による解説ではこのタイトルを「日本語の響きを重視」したものとして誉めちぎっているが、多くの同質のものに混じっているたったひとつの異質なものを探そうというのが本書のキモなのだから、やはり針が20億本あってはおかしい。語呂がよければ、タイトルが内容を表していなくとも良いのだろうかという疑問がわく。
なお、この20億というのは最大の見積もりということで、実際にボブと捕り手が捜査しているのはボブの周囲の人たちだけである。消去法でリストにあげられた人物たちがみなシロだということになったとき、捕り手は意外な人物にたどり着く。
何しろ捕り手が同族を見つけ出す術は、宇宙船が墜落した時に失われてしまったというのだ。ホシを退治する手段もない。そのような中で、ボブと捕り手がいかにホシにたどり着きこれを退治するのかというところが、本書の見どころの一つである。
そしてもう一つの見どころは、生物学的な描写にリアリティがあるというところだ。例えば、捕り手が、宿主の体に入り込んで身体中に触手を伸ばしていくようなところなどは生物学に関する知識がなければ書けないのではないだろうか。著者は、理学の修士号を持っているというから、この描写のリアルさもうなずける。
このほか、バイオ燃料のことが描かれていたり、人はモラルハザードに陥りやすいということが書かれたりしており、なかなか興味深い作品である。
(参考)
ここでいう「モラルハザード」とは、よく間違って使われる「倫理観の欠如」といった意味ではなく、本来の使い方である、どうせ宇宙人が怪我や病気に対応してくれるのだからと、つい危険なことをやってしまうということです。
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※本記事は、書評専門の拙ブログ
「風竜胆の書評」に掲載したものです。