・アーサー・コナン・ドイル
コナン・ドイルの生みだしたシャーロック・ホームズといえば、ミステリー分野における名探偵の代表のようなものだろう。彼は1887年に「緋色の研究」で初めて登場したが、今なお、世界中に多くのファンが存在しており、その人気は根強い。本書はシャーロック・ホームズ登場130周年を記念して、明治、大正期における翻案、翻訳を復刻したものだ。
このような性格の本であるため、表記は統一されておらず、ホームズやワトソンの表記についても、作品により異なっている。また舞台を日本にした翻案ものでは両方とも日本人の名前になっており、例えばホームズは、上泉博士とか保科鯱男、緒方緒太郎などとなかなか多彩だ。
ところで、ホームズシリーズの中でもたぶん有名だろうと思う「赤毛連盟」だが、大正2年の三津木春影訳では「禿頭組合」になっている。これは、舞台を日本にした翻案作品であるが、日本人は赤毛になじみがないということで、世界共通の禿頭に変わったようだ(ただし作中では「若禿組合」)。この辺りはパイオニアの苦労といったものを少し感じてしまう。ただ、結構な事件のはずなのだが、そこかしこに思わず笑ってしまうような表現があるのだ。例えば、こんな具合。
<中尾医学士(評者注:ワトソンのこと)は折しも窓帷の隙間を洩れる冬の光線を受けて冷たく光る客の禿頭を横目に眺めつつ・・>(p188)
それからホームズが唯一認めた女性であるアイリーン・アドラーだが、本書に収録されている「ボヘミア国王の艶禍」(矢野虹城訳 通常は、「ボヘミア国王の醜聞」として知られる)では、多羅尾伊梨子だ。なお、ホームズは蛇石大牟田博士、ワトソンは和田である。(誰やねん!?)人名だけチェックしてもなかなか楽しい。
文体が古いものもあり、特に最初の方の作品は、明治期の小説を読みなれてないと、決して読みやすいとは言えないだろう。単に楽しむだけなら、新しい訳の方を読んだ方が良いと思う。私自身もあまり日本の古い文学を読まないので、すらすらと頭に入ってこない。
しかし、歴史的な価値という観点からみると話は別である。ツッコミどころは多いものの、まだ、ミステリーというジャンルが一般的ではない時代に、訳者がどのようにすれば読者の興味を引くかを考えながら翻訳していったかを考えると、なかなか興味深い。
世の中にはシャーロキアンと言われる人がたくさんいると聞く。ホームズシリーズの熱狂的なファンの人たちだ。そのような人にとっては、本書に収められた作品の数々は、我が国にどのようにホームズの物語が広がっていったのかを示す、資料的な価値は高いのではないかと考える。
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※初出は、
「本が好き!」です。