文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:熊野古道殺人事件

2016-05-11 09:45:44 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
・熊野古道殺人事件
・内田康夫
・中公文庫

 熊野は、古来より信仰の対象であり、その中心となるのが、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の熊野三山である。2004年には、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、ユネスコの世界遺産に登録された。宇多上皇をはじめとする歴代の上皇や法王が行幸し、街道は栄えたという。本書はこの熊野路を舞台にした旅情ミステリー「浅見光彦シリーズ」の一冊である。

 軽井沢の先生こと内田センセの許を,学生時代の友人でT大教授の松岡が訪ねてくる。丘野という助手と学生たちが、補陀落渡海を再現しようとしているので、心配だからいっしょに行って欲しいというのだ。そこで内田センセがアッシー君(古いか?)として目を付けたのが光彦というわけである。

 というわけで、光彦は愛車ソアラの助手席に、ヒロインの代わりに内田センセを乗せて、熊野古道を辿ることになるのだが、南紀山中で殺人事件に遭遇してしまう。殺されたのは、なんと補陀落渡海を再現しようとしている丘野の妻。ところが、丘野は妻の死を知っても、補陀落渡海を強行しようとする。

 この作品は、宗教と言うものの欺瞞性というものが一つのモチーフになっているように思える。巻末の自作解説を読むと、この作品が書かれたのは、どうも例のカルト教団が起こした事件が話題になっていた時期らしい。そのためか、補陀落渡海を計画している学生たちは、どこか狂信的で胡散臭く見える。宗教を学問として研究するのならいい。心の拠り所にするのもありだ。しかし、宗教に取り込まれてしまってはいけないということだろう。

 最後に明らかになった事件の真相は、まるで道成寺の清姫を彷彿させるようなものだった。それは怖くて悲しい女の情念。この作品はそんな女の怖さをよく描いているのだが、それだけではない。ストーリーの中には、熊野に関する様々な解説が織り込まれており、居ながらにして、その地を旅しているかのような気分を味わうことができるという優れものでもあるのだ。

 ところで光彦は、今回散々な目に遭っている。犯人扱いされるのはいつものことだが、内田センセに、命より大事なソアラをお釈迦にされてしまうのだ。やっとローンを払い終えたばかりなのに。

☆☆☆☆

※本記事は書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。

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