曇、26度、86%
ゴッホの「花咲くアーモンドの枝」を観たのは、2年前、みぞれ混じりの雨の降る寒い12月のことでした。何十年ぶりに訪れたアムステルダム、ゴッホ美術館はあいにく改装中、運河の側に建つエルミタージュ美術館に場所を移しての展示が行われていました。香港を経つ前から体調が思わしくなかった主人が、一晩明けると更に良くありません。申し訳ないとは思いながら、主人を一人ホテルに残してエルミタージュ美術館に向かいました。開館時に着いたにもかかわらず、すでに人の列が出来るほど人気が高いゴッホです。
さて、どんな作品に会えるか、皆目見当もつきません。ゴッホは同じ題材で何枚もの絵を描いた人ですから、同じように見えてもどこか違っていたりします。ほかの美術館で観たものに再び会うこともあります。長い列にそって歩くうちに、一枚だけ絵がかかっている部屋がありました。ゴッホの持つ色の具合とは異にしています。青緑の背景に、一瞬「桜!」と日本人の私が思ったその絵が、「花咲くアーモンドの枝」でした。枝の反り具合が、桜のそれとは違います。日本を離れて20年を越す私は、桜の花を焦がれる気持ちが年々強くなって来ています。そんな思いもあってか、このアーモンドの花には見入ることになりました。
ホテルに帰って調べてみると、アーモンドは桜科の植物です。花が同じように見えるのも無理からぬことです。この「花咲くアーモンドの枝」は、ゴッホが亡くなる約半年前に、唯一ゴッホの理解者であった弟のテオに産まれた初めての子供に贈った絵だと知りました。青緑色の背景のアーモンドの花は、こうして桜花とも重なり私の胸に残りました。
この4月は、私の桜とも思える桜に30年ぶりに会うことが出来ました。そんな4月の終わりごろ、モモさんと散歩の途中、オープンしたばかりの小さな洋服屋の前を通りました。春夏物のワンピースばかりが並んでいます。香港は今こうして小さなブティックが、セントラル界隈には多くあります。モモさん連れですから、ウィンドー越しに見ていると、「あら、桜!」 と思うプリントのワンピースが目に留まります。翌日、早速私ひとりで出かけました。薄い薄い生地です。こうした小さな洋服屋さんでも以前とは違い縫製がしっかりしています。裏地も付いて、スカート部分にはペチコートまで着いています。それになんといっても小さい私にぴったりのサイズです。こうして、「桜」のワンピースを手にして戻ってきました。
ノースリーブの薄手のワンピース、5月半ばにマンダリンホテルの夕食時に初めて着ました。実は私がプリントものの、しかも花柄など着るのは珍しいことです。少し驚いている主人に、「桜!」と告げました。生地と同じように、心までフワッと軽くなるワンピースです。タンスに仕舞うとき、この桜の枝振りに目が留りました。「あら、桜ではない。」この枝振りは、そうです、ゴッホの絵で観たアーモンドのそれと同じです。
桜と思って求めたアーモンド柄のワンピース、この夏はこのワンピースを着ることが多くなりそうです。あのゴッホの「花咲くアーモンドの枝」と日本の桜を偲ぶ私の気持ちが、このワンピースとの出会いを導いてくれたようです。