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父母共に達筆でした。父は楷書の分かり易い字を男らしく大きく書く人でした。母は、人様がなかなか読めない字をすらすらと巻き紙に書くような人でした。実家の整理の時、父のくれた葉書は数枚残しました。母の手になるものは、全て捨てました。そして母の硯、筆も母が使っていた物は全て捨てました。残したのは未使用の筆、硯、墨と便箋などの紙です。実家の改築の際、これらの小物は家具と一緒に倉庫に預けました。一年数ヶ月して引き取った家具類はカビがして、残した墨や紙にもカビの匂いが付いています。家に家具を戻して1年以上経ち、やっと最近カビの匂いがしなくなって来ました。
今回の帰国の買い物リストのひとつに墨があります。両親に比べると悪筆な私ですが、筆を持つ機会は段々増えています。永年使って来た墨は小さくなって来ました。中国にはいい墨や筆、書にまつわる物があります。こちらで求めてもいいのですが、頭の中を残してあった墨が過ります。確か墨は2つ残しました。家に戻るなりビューローの引き出しを探します。まっさらな小さな木箱に入った硯と2つの墨が出て来ました。ひとつの墨の箱を開けると、カビの匂いがします。そして、墨が脆くパラパラと壊れています。カビが墨を食べてしまったようです。 残った硯と墨。共に中国の物です。硯は私の手のひらより小さい物ですが、
蓋をとると、彫のある柔らかな曲線の硯です。墨のパラフィン紙を剥がすとまだカビの匂いがきつくします。墨が入っていた箱の底に小さな紙切れが入っていました。
母の字です。「90、耕平さん大陸旅行の土産、硯、筆も」と書かれています。息子は、小学の修学旅行で広東に中学の修学旅行で北京に行きました。日付からすると、これは小学の時の母へのお土産です。主人も私も中国に行くと母への土産は上質な和紙に筆でした。
この息子の母への土産のカビの匂いのする墨を香港に持ち帰りました。墨をすってみてカビの匂いがするかどうか不安です。中国の墨は日本の墨より香りがきつく付けられています。ゆっくりと墨をおろしてみました。まわりはカビの匂いがしますが、硯から芳香が立ち上がって来ました。よかった、使えそうです。
私の硯はもうかれこれ50数年、きっと母から貰った硯に違いありません。墨をすりながら考えました。今度日本に帰ったら、あの息子が母に買って来た硯を持ち帰って使おうと。母は、孫が買って来た墨も硯ももったいなくて使えなかったのだと思います。修学旅行の土産物、子供の小遣いで買っていますからそんなにいい品ではないはずです。この私が、今から母に代わって使うことにします。母と、息子に感謝しながら。