蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

享楽的生活

2009-07-11 | 読む人々には興味ない話
○○で美味しいものを食べた、▽▽で素敵なものを買った・・・
これは、決して自由なのではなく、お金やモノに縛られているだけだ・・

そうおっしゃる方も、いるそうだ。なるほど・・・

私の考えは、こうだ。

お金を尺度にしない見方。
お金があろうが、なかろうが、
美味しいものは命を延ばす反面、命を縮める。カロリー高いから。
モノは、買った分だけ、捨てるものが増える。今、流行のエコの逆。

客観的な現象として捉えてみた。
なので、決して、お金だけに縛られているわけではない。


また、欲求の充足を、「お金」という側面から見ると
お金がなくて、ガマンしているケースと
お金はあるけれど、別に、行動に移らないケースがある。

人に羨ましがられたくて、目に見えるカタチでお金を使うケースと、
自分の満足のために、人知れずお金を使うケースがある。
また、そのMIXバージョンで、外からは見えない使い方で、お金を人知れず使うが、
実は、心の中では、人の気を惹いたり、羨ましがられたり、人に勝ったりすることで、
満足を得るというケースもある。

お金を使うことによって、ストレス解消をする場合もある。
お金を何に使ったかではなく、お金そのものを使うことで満足しているケースだ。

お金をあまり使わずに、思いを遂げるのは、ハードなのかも知れない。
多くの場合、成功への近道は、やはりお金か。

お金とあわせて、頭、体、心を使うと効果倍増だが、
それら全てを使っても、できることと、できないことがある。


いずれにしても、
お金は、金額の多い少ないによらず
殺人事件や、ありとあらゆるトラブル、悩みの種にもなる。
お金に振り回される、ということは、お金があるなしにかかわらず、
人間の持っている業のひとつだ。
業が深すぎて、自滅しないように、各自、セルフコントロールする制御装置が、
人間に備え付けられているはずなのだが
時として、壊れている人もいる。


自分が主体か、お金が主体か。
お金を使っているのか、お金に使われているのか。
知らず知らず、お金に振り回されていることもある。
欲求の根本を見極めること。
自分の心の声をきくこと。


マリー・アントワネットは、キュートで大好きだが、
私の目標ではない。マネをしてみたいわけでもない。
享楽的生活は、本当に楽しいのか、
積み重ねた結果や、将来のこと、ただぼんやり考えるのではなく、
足をちゃんと地に着けて、しっかり考えてみるべきだ。

でも、マリー・アントワネットもそうだが、
環境や境遇によっては、いくつになっても、そういったことが出来ないケースもある。
学習の仕方そのものがわからないと、その効果も、見当もつかないだろう。
類は友を呼ぶので、同じような人ばかりが集まっている中では、
新しい考えや、見方、発想はできないだろう。
深く物事を考えてみると、また違う世界が広がると思うのだが・・・。


自分が、本当に求めているものは、何?
知っているのは、自分だけだ。