夫とはいつも不穏の風、溝。深淵。
戦火を切らないだけで、平和を維持させる努力をしている。たぶん、お互いに。
奥歯の歯茎がストレスが重なると腫れるように、状況によっては、なにか、どうでもいい些細なことで、
突然、臨戦模様に転じることもある。
晴れ のち 突然 嵐。
なにか言われ、カチンと来る。
言われた内容は、なんだったかも忘れる。要は、なんでもいいのだ。
カチンときて、火蓋を切りたい、常にスタンバイ状態のわたしがいる。
だが、先日、火花が散った時のこと。
「わたしは、今まで自分自身のことを『賢い』、って言ったことがある?
一度もないはず。一度もそう思ったことがないんだから。生まれてきて一度も。
結婚して一度たりとも、あなたより賢いと思ったことはないよ」
そう言って気が付いた。
他のことなら、発言しても、ひょっとして、発言したことをぼけて忘れてしまっているかも知れない。
あるいは、ホンネを言わない、ごまかす、ねじまげる、逆のことを言う、そういうことがあるかも知れない。
だが、この「賢くない=あほ=アタマが悪い=頭脳が優れていない」ということだけは、
胸を張って(ここで、胸を張るところではないのが哀しい・・・)
自分には自覚も実績もある。
貫き通してきている。生まれてきてから今日まで。残念な思い出がズラリ。
相当きつい、ジョークのようだけど、そうなのだ。
かっこわるい、が、そうなのだからしかたない。
わたし、あほなんです。
ホンネでそう思っているし、生まれつきの性質なので、隠そうとか、直そうとか、そういう努力も特段していない。
ましてや、夫より頭脳が優れているなどとは一度たりとも、これっぽっちも思ったことは無い。
そうすると、夫は、ひるんでしまった。(ように感じる)
その面(あほ)をそれ以上、追求できなくなってしまった。
「あほ」は弱者なのだ。
わたしはそれに気が付かなかった。
「弱い」と思わないところが、天然たる所以なのか・・・。
恥ずかしいことを恥ずかしいと思えないってことか・・・。
しかし、すかさず夫は、「でも、性格が強い」と、取り合えず言うだけ言って、もたもたと反撃してきた。
その反撃内容があまりにも、パンチ力が弱いせいで士気が下がり、わたしは、その日のけんかを降りた。
なんだか、「あほ」に救われた。
わたしは、自分のあほに対して、救済してやろうとか、闘おうとか、気合がまったく入っていない。
あほって、肩になんにも載ってない。
重いものが、ずしっと載ってない。
だから毎日、わたしは熟睡できるのだろう。