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フレイル、、、なかなか覚えられない、聞き慣れない言葉。
(フランスまでは届き知られてないと思います)
「老化して心身機能が衰えること」とわたしは捉えている。
足腰が弱ってしまうのだ。
筋肉の衰え。使わないと益々衰える。
病気になる入り口付近。
脳も、そう。
認知症の人は、益々増えるばかり。
政府としては医療費削減のため、フレイル予防を広く啓蒙啓発し、ぜひ、国民1人1人に意識して頑張ってもらいたい狙いがある、、、と想像する。
医療費と介護費、国の予算の占める割合は?
税金の使われ方には子育て支援も、目に見えやすい。
が、自治体のお金が少なくなり、住民自治サービスが劣化するのを目の当たりに見るのは辛い。
医療費を少しでも減らす努力。これを心がけたい。
ところで。
話は変わる。
わたしはメンドクサがりなので、一回一回、その度に動くのではなく、一度に二つ以上のことをしたい。
何度もチマチマ動くのは、嫌。
動く時は、一気に色々、まとめて動く。
あれもこれも、いっぺんにする。
一つ一つ丁寧にこなしていかないと、やっつけ仕事は失敗の元ではあるが、エネルギー不足は、否めない。仕方ない。
勢いがある時しか動かない、動けない。
今日もどうにか英語アプリ学習と、ピアノの練習はやった。
聞くに耐えない演奏。
ではあるが、練習段階なので、こんなもん。
とりあえず、続いている。
わたしにとって、続けることが、大事。
ピアノを弾きながら、音楽以外の他のことを考える。
姑が、自分はお経を読みながら、別のことを考えていると言っていたが、同じようなもの。
集中していない。
物事を考える時のBGM、脳へ与える刺激を能率良くするための効果音か。
本末転倒。
こんな弾き方は、本気で弾いている人とは勿論、一線を画している。
わたしは、人生、ナメている。
おちゃらけだ。
一生懸命の人が知ったら、不愉快だろう。
だが、人それぞれ、基準が違うし、ジャッジも違う。
「ジャッジ」を「評価」と書こうとしたが、評価は客観的な目になるので、やめた。
最近、おちゃらけは不謹慎だと自覚して、場面によっては、思ったことを口にしないようにしている。
そして、ふざけた冗談は言わないように心がけている。
わたしは真面目に遊んでいるのだが、他人から見ると、顰蹙(ひんしゅく)を買ってもいけないので。
わざわざ悪目立ちは避けようというのが、歳を重ねた最近のわたし。
多少、大人になったのか。
ではあるが、あまり知らない人同志の会話の中で、どっとウケたりした瞬間は快感でもある。
ヘンかしらん。
「笑いにもセンスがある」と思うようになった。
英語では「humor/ユーモア」。
ちなみに。
趣味を通していろんな人を知る。
面白いものだ。
自分が無意識に持っている偏見をふと認識することがある。
色メガネで人を見ている。
しかし、染み付いたものは、なかなか落ちない、治らない。
自分の価値観の核の一つになっていたりすると、厄介だ。
核は一つだけではないのか?
リスクヘッジで、自分が壊れないよう、逆ベクトルのものをわたしは用意している。
バランスファンド型だから。
相変わらず、話が行ったり来たり。
身体は地に根が生えて微動だに動かないのに、脳の中で踊る文字は、ごちゃまぜ。
文章多動症だ。