この日はリハビリ運動の通院日。
運動を終えて気になっていた神社に向かう。
目印は赤い幟旗である。
白抜き文字で染めた「奉納 正一位 姫丸稲荷大明神」の幟旗である。
リハビリ運動をしていた病院に往復通る自動車道に立っていた。
名阪国道を跨る陸橋すぐ近くに立っていた幟旗。
そこから里道を下っていく。
幅は狭いが軽自動車であるなら大丈夫だ。
竹藪畑の間を潜って、数分もかからない地にも幟旗があったが、ここには白地の旗もあった。
60本もある朱の鳥居が参道道。
その向こうに行けば本社殿があるが、そこに行く前にあった石碑に「石上廣高宮(いそのかみひろたかのみや)伝承地」とある。
詳しいことは、ある方がアップされているブログでご理解いただきたい。
平尾山姫丸稲荷神社の鎮座地は天理市石上町。
私が知りたかったのは、初午の日の行事があるのか、それともないのか、である。
幟旗はあったが、ここ神社の前に立っていても誰一人来られず、聞き取りは諦めた。
3月に入っても幟旗が見られたが、いつの間にか、降ろされていた。
初午祭そのものもしていたのか、それともしていなかったのか・・。
ネットをぐぐってみれば、天理の昔話の一つに「平尾稲荷のけんけんさん」があった。
その昔話によれば、初午やニノ午には遠くから厄年の人が厄払いにお参り。
露店もたくさん出て村祭りのようなにぎやかさ・・とあった。
さらにネットをぐぐってみれば、ある掲示板に「初午がここの一番のにぎわいで、吹き矢や綿菓子や私の記憶の風景は、ここの風景・・」とあった。
そういうことで、どなたが管轄されているのかわからないが、初午の日の厄払いということになりそうだ。
(H29. 2.28 SB932SH撮影)
運動を終えて気になっていた神社に向かう。
目印は赤い幟旗である。
白抜き文字で染めた「奉納 正一位 姫丸稲荷大明神」の幟旗である。
リハビリ運動をしていた病院に往復通る自動車道に立っていた。
名阪国道を跨る陸橋すぐ近くに立っていた幟旗。
そこから里道を下っていく。
幅は狭いが軽自動車であるなら大丈夫だ。
竹藪畑の間を潜って、数分もかからない地にも幟旗があったが、ここには白地の旗もあった。
60本もある朱の鳥居が参道道。
その向こうに行けば本社殿があるが、そこに行く前にあった石碑に「石上廣高宮(いそのかみひろたかのみや)伝承地」とある。
詳しいことは、ある方がアップされているブログでご理解いただきたい。
平尾山姫丸稲荷神社の鎮座地は天理市石上町。
私が知りたかったのは、初午の日の行事があるのか、それともないのか、である。
幟旗はあったが、ここ神社の前に立っていても誰一人来られず、聞き取りは諦めた。
3月に入っても幟旗が見られたが、いつの間にか、降ろされていた。
初午祭そのものもしていたのか、それともしていなかったのか・・。
ネットをぐぐってみれば、天理の昔話の一つに「平尾稲荷のけんけんさん」があった。
その昔話によれば、初午やニノ午には遠くから厄年の人が厄払いにお参り。
露店もたくさん出て村祭りのようなにぎやかさ・・とあった。
さらにネットをぐぐってみれば、ある掲示板に「初午がここの一番のにぎわいで、吹き矢や綿菓子や私の記憶の風景は、ここの風景・・」とあった。
そういうことで、どなたが管轄されているのかわからないが、初午の日の厄払いということになりそうだ。
(H29. 2.28 SB932SH撮影)