マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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毛原八阪神社・御石洗い

2024年01月11日 07時41分54秒 | 山添村へ
この日にする、と聞いていた山添村の毛原。

本来は15日であったが、今は第三日曜日に移した御石洗い(ごいしあらい)の十五夜籠り。

毛原の史料によれば、かつては「名付け」もしていた中秋の宮籠もりは、9月の15日が祭礼日だった。

現在の「名付け」行事は、名替えをする対象の子もなく、村の一年神主のホンカン(本音)が、神さんに名を告げるだけに替えたそうだ。

この年は、コロナ渦中につき、十五夜籠りの呼称もある中秋の宮籠もりは、三密を避けた中止の判断を取った。

だが、こればかりは、中止にできないと判断した氏神社の八阪神社の御石洗いは、実施すると聞いている。

4月3日の桃の節句行事の際に聞いていた八阪神社の年中行事

江戸時代は、牛頭天社と呼ばれていた八阪神社の御石洗いである。

コロナ禍でなければ、午後いちばんにされる御石洗いに続いて、午後6時に再び参集する十五夜籠り。

中止でなければ、例年通りのお籠りをしていたことだろう。

さて、御石洗いである。

山添村の村落に、御石洗いをしている村がある。

平成24年の10月14日に取材した山添岩屋・八柱神社の御石洗い(ごいしあらい)である。

住民、氏子たちがそろって作業していた御石洗い。

その日の作業は、本社殿ならびにその周りの水洗いから拭き掃除。

一年に一度は綺麗にする作業に大勢の氏子たちが集まっていた。

かつては、神社下、道から下ったそこに流れる笠間川の綺麗な石を運び、神社周りに詰めた。

一年の汚れが付いた御石は、再び笠間川に戻して、川の水流で汚れを取り、綺麗になった石を、また揚げる。

川と神社を往復し、石を運ぶ道具は、担ぐオーコに石を運ぶモッコ。

二人がかりで運んだ。

平成24年現在は、笠間川との往復運搬をやめて、神社内にある井戸水。

ポンプを使用し、勢いをつけたホースの出力をもって御石洗い。

一か所に集中して御石を洗う。

綺麗になった石は再びモッコに入れて元の場に戻す。

実は、毛原も同じように、笠間川の御石を揚げ、急な坂道を上ったり、下りたりの運搬をしていたそうだ。

桃の節句のとき、ホンカンや、ジカン(次音)にミナライらが話してくれた毛原の御石洗い。

社殿周りに敷いているゴイシ(御石)。

かつては笠間川まで運んで綺麗に洗っていたが、現在はモッコで運ぶこともなく、消防用ホースの力を借り、強力な水圧でゴイシを洗う。

つまり、敷いた御石をそのままの状態に消防ホースの力で洗うのだ。

参集された人たちは、それぞれの役に就く。



午後1時半、集まった人たち、16人は役ごとに、地区分担する。

本社の洗い分担は、神殿や拝殿廻りに屋根も含まれる。

別途に社務所・参籠所の掃除もあるし、鎮座地が分散している琴平神社、稲荷神社のゴイシも洗う。

場所が離れているので、車で移動する。

社務所に参籠所は、建屋が長いだけにすべてを綺麗にするには、時間がかかる。

これらの洗い、清掃担当する地区は、決まっている、という。

本社の洗い、清掃は西地区と南地区の班が行う。

北の地区の班は、谷を越えた北に鎮座する稲荷神社。

東の地区の班は、ずっと、ずっと山道を上った先に鎮座する琴平神社が担当する。

取材は私一人。3カ所すべての作業取材は、到底できない。

主要な、御石洗いは、本社の神殿や拝殿。

こちらにとどまって撮影することにした。



まず、はじめに動かれた若手の消防団員。

神社下の舗装道に据えている貯水槽に、出力口・金具にホースの先端金具を結合する。

そして、ホースを長く伸ばしていく。

消防水は、おそらく山から流れてくる谷川からひいた水。

水溜めにいつでも供給できるよう、常に定期点検等をしているだろう。

神殿は、山にあり。

長いホースを引きずり上げる。

ホ-スは、頑丈にできており、重たい。

平坦なら転がすだけでホースは伸びるが、急こう配の地では、重たさは何倍にもなる。

引き上げ作業は、いきなりの力仕事である。

一方、大多数の人たちは、神殿下の割拝殿に集まった。



なにやら道具をもって作業をはじめた。

手にしているのは、ちりとりと刷毛。

一定の道具でなく、めいめいがもってきたお家で使っていると思われる掃除用具。

腰を下ろしてはじめた刷毛で掃きとり。

御石に付着した一年間の埃や塵を綺麗に払う。

一方、神殿前で構えている消防団員。

割拝殿に籠って、御石掃きの状況を見ていた。

作業の様子を見る、と同時に、もう一人との合流を待っていた。



およそ10分後の割拝殿の御石。

御石をひとつずつ綺麗にしては、次の御石。

担当する領域の御石のすべてを綺麗にしていた。

見ていただければわかるように、割拝殿の床も綺麗にしていたのだ。

埃や塵はちりとりに。

まとめて捨てる決められた場所(※ブルーシート)。

割拝殿のすべてを終えたら、拝殿周りに敷いている御石も綺麗にする。

そして、貯水槽のバルブを動かし開栓。



神殿際に据えたポンプで引き上げ、消防ホースが噴き出す水流。

その勢いで神殿周りの御石を洗っちゃえ。



決して、水遊びでもない、神聖な場での御石洗い。

相方らは、綺麗になった御石を綺麗な場にスコップで移す。

手でいちいち移動するのではなく、ごそっと移す。



まだまだあるぞ、と先輩たちは声をかけたような気がする。

この場を済ませたら、残り半分は向こう側。

まあまだある、ということだ。

一方、割拝殿の屋根の清掃は、ブロワーで吹き飛ばし。

雨でなくてよかったが、気を抜いていつ滑るかわからにから、余程の注意がいる。

瓦に土がないから、苔は生えにくい。



怖いのは濡れ苔に靴を・・・・その、途端にずるっと滑る。

聴くのを忘れたが、あれは命綱のような気がする。

1時間弱の清掃活動。しばらくは休憩をとって身体を休めて、再び活動。まだまだある清掃作業。



割拝殿の中央部。

正中にあたる中央部の御石すべてを綺麗にした、次は割拝殿建屋周りに敷き詰めた御石も刷毛で掃きとる。

ただ、中央部と違って、吹く風の勢いによって落下の葉が多くある。



これらも綺麗に掃きとって作業を終えた。

終わった時間は、午後3時半前。

それぞれ分担し、清掃作業をしていた班も戻ってきた。



作業のすべてが終われば、道具などを方付け、班ごとに解散する。

この日の、十五夜籠りは中止になったが、午後6時からは例祭と同様、氏子たち各位による一般参拝をもって神事を終えるらしい。

(R3. 9.19 SB805SH 撮影)


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