尾行されているかもしれない。国産のシルバーのセダンで、厭というほど見かける車カローラのようだ。
道は下ってまた上がるがそこに談合坂のサービス・エリアがある。そこまでスピードを170キロまで上げてサービス・エリアに逃げ込むことにする。
ぐんぐん加速しながら助手席の小暮さやを見やると、バンダナで顔を覆い寝込んでいるようだ。死んでいないことは確かだ。小山のように隆起した胸が、呼吸のたびに上下しているので分かる。
自動速度取締機通称オービスに注意する。この付近には設置されていないはずだが、現在各地で増設中と聞く、用心に越したことはない。
尾行の車は遥か後方に置き去り、談合坂サービス・エリアに入る。車を止めてエンジンを切る。彼女を起こすため、手を伸ばしかけてすぐ引っ込める。彼女がもぞもぞとしだしたからだ。
「ここどこ?」と眠そうに言う。
「談合坂サービス・エリアだよ。トイレ休憩にしよう」
「うん」と言ってゆっくりとドアを開けた。生実も降り立ちトイレに向かう。上り最後の大規模サービス・エリアで、いつも車と人で混み合っている。ここの特徴は、デパ地下感覚がコンセプトでユニークな存在といえる。
トイレの外で待っていると、小暮さやが目をパッチリと開け、おまけに笑顔のサービスつきで戻ってきた。
「お待たせ」
「何か飲むかい?」
「そうね。眠気覚ましにコーヒーにしようかな」
コーヒー店の二人掛けの小さな丸テーブルで、コーヒーを待ちながら生実が話し出した。
「実は尾行されているような気配がするんだ」
「えっ、まさか。本当なの?」
「いや、まだ確実とはいえない。しばらく様子を見よう。それに重要な会話は避けよう。念のために」一息ついて
「映画や音楽それにちょっとエッチな話もいいかもしれない」と生実。そのときウェイターがコーヒーを運んできた。二人の会話は中断された。生実は、ランドローバーに追跡装置や盗聴器が仕掛けられているかもしれないと考えていた。
そして来週の金曜日、どのように相手と対峙するのか、二人の役割分担まで含めて打ち合わせる。まるで会社の営業方針を真剣に討議しているような錯覚すら起こすほど熱を帯びたものだった。それは当然だろう。命を懸けた大舞台が待っているのだから。細部を詰めて確認し合い二人の乗った車は、都内に向けてアクセルが踏み込まれた。
パーキングから本線への誘導路に差し掛かったとき、一番端に停まっている車に気がついた。どこでも見かけるシルバーのカローラ。ただ一つどこにでもないものが目に入った。
運転席と助手席に座ったサングラスをかけ、どこを見ているのか分からない無表情な二人の男女だった。男はグレイのスーツに濃紺のネクタイ、女は白のブラウスにグレイのセーターという地味な服装だった。まるで会葬者のようだ。生実はそれらの情報を頭の引き出しに投げ込んだ。
それからの車中は、陽気な雰囲気に包まれ笑い声が絶えなかった。主に生実の女性遍歴にまつわるものだった。アメリカでの特殊訓練中に会った女性たち。ラテン系や白人女性の性的嗜好や性欲の強さなどなど。
小暮さやは、自身のことを、あまり話したがらない。もっぱら聞き役でうまく合いの手を入れたり笑ったりと雰囲気を壊すようなことはなかった。
生実にとってどうしても聞きたいということもないが、少しは吐露してもらっていいだろう。
「わたしは音楽については、詳しくないんだけどピアノ・ジャズなんか大好きだね。君はどんなジャンルの音楽が好き?」と生実は水を向ける。彼女はそれに応えて
「わたしはクラシック音楽が好き。父がかなりクラシック好きだったから、その影響を受けたみたい」
「家族というのは影響しあうものなんだね。クラシックは苦手だ。それでも緑に囲まれたキャンプ場で聴くクラシック音楽もなかなか乙なものなんだな。これが」
「へえー、わたし大人になってからキャンプをしたことないの」
「そお、それじゃ仕事が落ち着いたら連れてってあげてもいいよ。君がよければね」
小暮さやは何故か間を置いて「そうね」とだけ言った。
生実は時折バックミラーで尾行車を観察していたが、やはり見かけたあの車が追尾している。尾行が続いていることを小暮さやにわざわざ言うこともないだろう。 それに尾行者も隠密にしようとしないし、あえて撒く必要もない気がした。ただ会話には気をつけなければ。
首都高八重洲で出て八重洲西駐車場に車を止めて、車台裏をズボンの汚れを気にしながら覗き込んだ。案の定、追尾装置が貼りつけてあった。
大丸百貨店に向かいながら、「やはり追尾装置が見つかった。気づいていない振りをするために、そのままにしておこう。盗聴装置は見当たらないので、行きの車の中での会話は洩れていないと思うが、会話には十分気をつけよう」生実は小暮さやの腕をとりながら言った。
「そうねー。それにしても誰が何のためにしているのか見当もつかないわ」
「んー、まあ、そこのところはしばらく様子を見るしかないね。命を狙われているという感じじゃないから」
「その通りね。ところでどこへ行くの?」
「デパ地下さ。今夜のお惣菜。中華料理をね。君もどう?」
「私はいい。外食にする。それにしてもほとんどパパという雰囲気ね。男性の家庭的な面を見るのも悪くないわね。わたし、生実さんを見直しちゃう」
新川町のアパートの前で小暮さやの頬にキスをする。ドアを開けながら「さっきのお褒めの言葉にたいしてキスを一つ」といってウィンクする。「じゃあ、連絡を待ってるよ」さやは微笑んで投げキスを返してきた。
道は下ってまた上がるがそこに談合坂のサービス・エリアがある。そこまでスピードを170キロまで上げてサービス・エリアに逃げ込むことにする。
ぐんぐん加速しながら助手席の小暮さやを見やると、バンダナで顔を覆い寝込んでいるようだ。死んでいないことは確かだ。小山のように隆起した胸が、呼吸のたびに上下しているので分かる。
自動速度取締機通称オービスに注意する。この付近には設置されていないはずだが、現在各地で増設中と聞く、用心に越したことはない。
尾行の車は遥か後方に置き去り、談合坂サービス・エリアに入る。車を止めてエンジンを切る。彼女を起こすため、手を伸ばしかけてすぐ引っ込める。彼女がもぞもぞとしだしたからだ。
「ここどこ?」と眠そうに言う。
「談合坂サービス・エリアだよ。トイレ休憩にしよう」
「うん」と言ってゆっくりとドアを開けた。生実も降り立ちトイレに向かう。上り最後の大規模サービス・エリアで、いつも車と人で混み合っている。ここの特徴は、デパ地下感覚がコンセプトでユニークな存在といえる。
トイレの外で待っていると、小暮さやが目をパッチリと開け、おまけに笑顔のサービスつきで戻ってきた。
「お待たせ」
「何か飲むかい?」
「そうね。眠気覚ましにコーヒーにしようかな」
コーヒー店の二人掛けの小さな丸テーブルで、コーヒーを待ちながら生実が話し出した。
「実は尾行されているような気配がするんだ」
「えっ、まさか。本当なの?」
「いや、まだ確実とはいえない。しばらく様子を見よう。それに重要な会話は避けよう。念のために」一息ついて
「映画や音楽それにちょっとエッチな話もいいかもしれない」と生実。そのときウェイターがコーヒーを運んできた。二人の会話は中断された。生実は、ランドローバーに追跡装置や盗聴器が仕掛けられているかもしれないと考えていた。
そして来週の金曜日、どのように相手と対峙するのか、二人の役割分担まで含めて打ち合わせる。まるで会社の営業方針を真剣に討議しているような錯覚すら起こすほど熱を帯びたものだった。それは当然だろう。命を懸けた大舞台が待っているのだから。細部を詰めて確認し合い二人の乗った車は、都内に向けてアクセルが踏み込まれた。
パーキングから本線への誘導路に差し掛かったとき、一番端に停まっている車に気がついた。どこでも見かけるシルバーのカローラ。ただ一つどこにでもないものが目に入った。
運転席と助手席に座ったサングラスをかけ、どこを見ているのか分からない無表情な二人の男女だった。男はグレイのスーツに濃紺のネクタイ、女は白のブラウスにグレイのセーターという地味な服装だった。まるで会葬者のようだ。生実はそれらの情報を頭の引き出しに投げ込んだ。
それからの車中は、陽気な雰囲気に包まれ笑い声が絶えなかった。主に生実の女性遍歴にまつわるものだった。アメリカでの特殊訓練中に会った女性たち。ラテン系や白人女性の性的嗜好や性欲の強さなどなど。
小暮さやは、自身のことを、あまり話したがらない。もっぱら聞き役でうまく合いの手を入れたり笑ったりと雰囲気を壊すようなことはなかった。
生実にとってどうしても聞きたいということもないが、少しは吐露してもらっていいだろう。
「わたしは音楽については、詳しくないんだけどピアノ・ジャズなんか大好きだね。君はどんなジャンルの音楽が好き?」と生実は水を向ける。彼女はそれに応えて
「わたしはクラシック音楽が好き。父がかなりクラシック好きだったから、その影響を受けたみたい」
「家族というのは影響しあうものなんだね。クラシックは苦手だ。それでも緑に囲まれたキャンプ場で聴くクラシック音楽もなかなか乙なものなんだな。これが」
「へえー、わたし大人になってからキャンプをしたことないの」
「そお、それじゃ仕事が落ち着いたら連れてってあげてもいいよ。君がよければね」
小暮さやは何故か間を置いて「そうね」とだけ言った。
生実は時折バックミラーで尾行車を観察していたが、やはり見かけたあの車が追尾している。尾行が続いていることを小暮さやにわざわざ言うこともないだろう。 それに尾行者も隠密にしようとしないし、あえて撒く必要もない気がした。ただ会話には気をつけなければ。
首都高八重洲で出て八重洲西駐車場に車を止めて、車台裏をズボンの汚れを気にしながら覗き込んだ。案の定、追尾装置が貼りつけてあった。
大丸百貨店に向かいながら、「やはり追尾装置が見つかった。気づいていない振りをするために、そのままにしておこう。盗聴装置は見当たらないので、行きの車の中での会話は洩れていないと思うが、会話には十分気をつけよう」生実は小暮さやの腕をとりながら言った。
「そうねー。それにしても誰が何のためにしているのか見当もつかないわ」
「んー、まあ、そこのところはしばらく様子を見るしかないね。命を狙われているという感じじゃないから」
「その通りね。ところでどこへ行くの?」
「デパ地下さ。今夜のお惣菜。中華料理をね。君もどう?」
「私はいい。外食にする。それにしてもほとんどパパという雰囲気ね。男性の家庭的な面を見るのも悪くないわね。わたし、生実さんを見直しちゃう」
新川町のアパートの前で小暮さやの頬にキスをする。ドアを開けながら「さっきのお褒めの言葉にたいしてキスを一つ」といってウィンクする。「じゃあ、連絡を待ってるよ」さやは微笑んで投げキスを返してきた。