「後は、時間だな。昼か夜か。それに武器は何を使うか」と生実。
「相手は四人になる。ところで、その四人と限定していいのかな」
「そうね。暴力団のほうは要所に団員を貼り付けるでしょうね。その連中も欺く必要があるわ」
「なるほど、どえらい事になってきそうだな」
「時間はおそらく昼になると思う。それも午後」
「分かった。一つだけ質問、地元の電気工事会社を装うことは可能か? という点なんだが」
「考えていることは分かるわ。その点は、調べてみるわ」
「OK.ところで、いつから会話に丁寧語がなくなったのかなー」
「いやだア。気がつかなかった。丁寧語のほうがいいですか?」
「いや。このままでいいよ。ちょっと言ってみたかっただけさ」
ランドローバーはゆったりとしたクルージングで、いくつかトンネルをくぐり最後の笹子トンネルで甲府盆地に飛び出す。
小暮さやの運転も適切な判断で危なげがない。一旦、ことが起こればランドローバーをいともたやすく操るだろう。危険回避の技術も会得しているに違いない。甲府市外を右手に見ながら
「相手が四人だと、武器は小型のもので取り扱いやすいものがいい。サイレンサーつき拳銃を用意できるかい」と生実が聞く。
「ええ、ご希望の銘柄を準備するわ」と彼女。
「それじゃ、スミス&ウェッソン九ミリオートマティックを頼む」
車は長坂の出口に差し掛かった。そこで高速を降り、わずかの時間で千葉が持つ別荘に着いた。目の前に標高三千メートル近い冠雪してまぶしいほどの、甲斐駒ヶ岳の堂々たる山容が見える。
ログハウス造りの別荘は、大げさな門も無く砂利道がテラスに続き、階段を上がって玄関になる。その前には、車三台ほど置けるスペースがある。あとはまだ春浅いため黄色っぽい芝生で覆われ、所々みどりの芽が見える。
その玄関先に二台の車が停まっていた。白っぽい軽自動車には、『白州不動産』と両ドアにペイントしてある。地元の不動産斡旋業者なのだろう。もう一台は、青い商用バンでこの車には『カナディアン・ハウス』のペイントと、いろんな宣伝文句やロゴが書き込んである。おそらく何か不具合でもあって斡旋業者立会いで相談をしているのだろう。これは幸運に恵まれた。建物の内部や周囲を気兼ねなく歩き回れる。
車を乗り入れてバンの横に止めた。玄関ドアが開いていたのでノックをして待った。何の返事もないので「ごめんください!」と大声で呼んでみた。
「はーい」と遠くで返事があって、階段を下りる気配がした。「はい?」といって顔を出したのは、若い男で紺のスーツを着て名札までつけている。名札には「武田」と印刷してあった。さすが甲斐の国、信玄の末裔にでも会ったのだろうか。と余計なことを考えさせる。
「私たち、この別荘地を見て回っていたのですが、たまたま通りかかって、あの車を目にしたものですから」と指差しながら
「お話を聞くかこのお宅を拝見できないものかと思いまして」と生実がまじめなサラリーマン風で問いかける。
「ああ、いいですよ。今ちょっと手が離せないんで、ご案内はできませんが、ご自由にご覧になってください。手が空き次第戻ってきます」と言いながらスリッパを二足並べた。
「そうですか。それじゃ失礼します」生実とさやは上がりこんだ。
二人は無言で、一階の間取りを頭に叩き込んだ。木のぬくもりが肌で感じられ、羨望と不正な金で得た事に軽蔑の念が交錯した。
一階はリビングとクローズド・キッチンそれに浴室とトイレ。リビングに接して広いテラスがしつらえてあり、甲斐駒ヶ岳の稜線が間近に迫り、いつまでも見飽きない眺望に恵まれている。リビングには、スウェーデン製の薪ストーブもあり、冬場の快適さも想像できる。もちろんソファやテレビという生活に必要なものも設置してあった。二階は、寝室が三つとトイレ、シャワー室という間取りだった。庭に降りて周囲の別荘を見てみると、建物は建て込んでいず、ぽつんぽつんと散らばっているのも好都合だった。
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甲斐駒ヶ岳
突然声がしたので振り向くと、武田という担当者だった。
「ご覧になっていかがですか?」
「なかなかいいですね。眺望が特に」と生実。
「ええ、おっしゃる通りです。ここの敷地は約270坪で建坪が約50坪、広い敷地で都会では考えられないような値段なんです。一千万を少し切るくらいですね。建物はいろいろありますが、この建物で言いますと、約二千五百万というところです」
「なるほど、安いといっても四千万近くになるわけですね。定年後は山か海の近くで住んでみたいと思って、今ゆっくり検討中なんです」
武田はすかさず「それでしたら、私どもの物件にも候補の一つに加えていただければと思います」と言いながら名刺を手渡してきた。
帰りの車のハンドルは、生実が握った。再び甲府市郊外を眺める頃は、午後三時を過ぎて高速道路の車の流れは順調だった。そして、そのことに気づいたのは、大月ジャンクションあたりだった。