
この道の奥にお寺がある 千葉県北東部の山武郡芝山町にあるこの観音教寺は、俗称「仁王尊」のお寺。このお寺に入る交差点名も「仁王尊」となっていた。ひなびた里山の風景の中の小さな台地にある。
ホームページに由来が書き込まれていて、それによると、当山の創建は奈良時代末期天応元年(781年) 光仁天皇の勅命により征東大使・藤原継縄公が、守り本尊である十一面観世音大菩薩を安置した事に始まります。中世には、千葉氏の祈願所として繁栄し、近隣に八十余宇の子院を置く大寺となります。
江戸時代になりますと徳川幕府の庇護のもと、十万石の格式を持つ伴頭拝領寺院として管内十州(関八州に出羽・陸奥を加える)の天台寺院を統括しました。また、庶民の間では火事・泥棒除けの「お仁王様」の通称で親しまれ、火消し衆や商家の篤い信仰を得て「江戸の商家で火事泥棒除けのお仁王様のお札を祀らないお店(たな)はない」とまでいわれました。

本 堂

三 重 塔
今日でも、一万坪に及ぶ境内に県文化財の三重塔など七堂伽藍が甍(いらか)を競い、ご利益を求める多くの参詣者で賑わっています。とある。

仁 王 門

吽形(うんぎょう)仁王像

阿形(あぎょう)仁王像
確かに、仁王門は、今まで見た寺院にない堂々たる建築で一見の価値は十分にある。仁王像は見られなかったので、このお寺の発行する「におうそん通信」という冊子から取り込んだ画像で間に合わせた。 この仁王像も傷みが激しく、平成19年春から平成20年暮れにかけて修理が行われた。その時に像内銘記が発見された。それによると、嘉慶2年(1388年)に造立され、現在までおよそ600年以上の年月にわたり幾度もの修復を経てきた仁王像であることが判明した。

轟音の発生源
本堂に参拝していると、頭上を通過するジェット機の轟音に驚かされたが、このお寺は成田空港からの離陸空路になっているようだ。はにわ博物館も併設してあって見どこの多いお寺で、雰囲気も期待に応えてくれた。

この鐘は自由に撞くことができる。撞いてみると余韻が、一分以上続いて、鐘もぶるぶると震えていた。