世界地図を広げてみると、インドの下に涙のような島が見える。それがインド洋に浮かぶ北海道の約80%程度の広さの国土を持つ スリランカである。
2009年5月に「タミル・イーラム解放の虎LTTE」との民族紛争が終結、今やヨーロッパや日本からの観光客の増加が著しい。が、だから「行こう!」と言うわけでもない。
もともと海外旅行のツアーなんてあちこち引き回されて疲れるだけだと敬遠している。それと飛行機が怖いこともある。あの離陸から水平飛行への時間が異常に長い気がする。高度一万メートルの巡航に入ると、少しがたがた揺れてもそれほど怖くはない。着陸は鳥の滑空に似て、むしろ安心感に包まれる。滑走路に着地するガタンという車輪の音にほっとするのは私だけだろうか? 極端に低い事故率も誰かがめぐり合うことになる。私の妻はどういうわけか全然平気で楽しいという。そういう私も何とか片道8時間の飛行に耐えてスリランカ旅行を完結した。
もともとこの旅の発端は、私の娘が数年前からスリランカと関係を深めていてMrチャンナを手伝って、コロンボから国道A1号線で約2時間のところにあるKegalle(ケゴール)に日本食も提供するレストランを始めることになり、工事を進めていてようやく8月21日に仮オープンということになった。
このオープンに合わせということばかりでもなく、別の事情もあった。私には娘のほかに息子が一人いる。この息子がうつ病で外との係わりが長く無かった。インターネットが唯一の外部との接触機会だった。
娘は以前から兄の状態に気を病んでいて、店のオープンがいい機会だから日本食部門を手伝って欲しいと言って来た。娘は兄が飲食店のチェーン展開する会社で店長の仕事をこなしていたことも知っていて、この誘いをかけた。
妹の申し出でに息子はどんな反応を示すか心配したが「行ってもいいよ」の返事で旅が実現した。
店の工事は、今年の1月頃から始めて8月に仮オープンになったがスリランカ・タイムのスローぶりを現している。このスロー振りをたびたび眼にすることになるし、息子の積極的な態度の豹変も驚きに変わっていった。
さて、唯一気になるのが私自身のこと。糖尿病の持病に加え治まっていためまいの症状が一週間前に再発した。その名は、「良性発作性頭位めまい症」という。サッカーなでしこの沢選手もなった病気。
薬を服用したが一向に良くならないまま出国日の8月21日(火)がやってきた。スリランカへの直行便があるスリランカ航空のチェック・イン・カウンターに並んでいるときにかなり気分が悪くなってきた。冷や汗も出るしめまいもする。
ふらふらしながら出発ロビーの椅子から行き来するジェット機を眺めていた。時間が経つにしたがって徐々に症状が治まってきた。だからといって不安が解消するはずもなかった。(つづく)