フォード・モーターの一部門であるザ・リンカーン・モーター・カンパニーの高級車ブランド「リンカーン」が事務所代わりの刑事弁護士マイケル・ハラーが、銀行上級幹部殺害事件の容疑者リサ・トランメルを弁護する。凄腕の女性検事アンドレア・フリーマンに互角の戦いを挑む。
法廷に持ち込む前に検事は、司法取引を持ちかける。これはよくあることのようだ。そんな経緯を経ていよいよ陪審員選びの段階に入る。
本編講談社文庫(上)のP347「陪審選定の手続きが始まる半時間ほど前に、廷吏がわたしに(マイケル・ハラー)最初の陪審員候補で構成されている80名のリストを寄越した。そのリストをわが調査員に渡すと、彼は廊下に出てノートパソコンを開き作業を開始した。
インターネットは陪審員候補の背景調査にさまざまな方法を提供している。とくに、裁判が差し押さえのような金融取引に関わったものである場合は。陪審員候補に入っている全員が、基本的な質問に答える質問票に記入していた――あなたあるいはあなたの近親のなかの誰かが差し押さえに巻き込まれたことがありますか? あなたは車のローン不払いで取り上げられたことがありますか? あなたは今までに破産申請をしたことがありますか? これらは排除するための質問だった。これらの質問にイエスと答えた人間は誰であれ、判事あるいは検察官のどちらかによって排除された。
イエスと答えた人物は、バイアスがかかっていて、証拠を正しく評価できないとみなされるのだ。だが、排除質問はとても一般的なもので、行間にはグレーゾーンがあった。そこに調査員の活躍する余地があった。
判事が最初の12名の陪審員候補を座らせ、質問票に記入させるころにはわが調査員は80人中、17人の背景調査メモを携えて私のところに戻って来た。銀行や政府機関に対してひどい経験をし、ひょっとしたら恨みすら抱いている人物を私は探していた。
この17名は破産や車の取り上げに関する質問票に真っ赤なウソをついた人間や銀行に対する民事訴訟の原告だった人物に至るまで様々な人間だった」
こういう多種多様な人間の中から自分に都合のいい陪審員を選ぶのだから熟練した選択眼が必要だろう。検事・弁護士とも17人に対して質問しながら選んでいく。アメリカは陪審員選びからすでに法廷闘争が始っている。
日本では裁判員制度で秋ごろ
①地方裁判所ごとに、管内の市町村の選挙管理委員会がくじで選んで作成した名簿に基づき翌年の裁判員候補者名簿を作成する。
②前年11月頃候補者に裁判員候補者名簿に登録した旨通知すると同時に、就職禁止事由や客観的な辞退事由に該当しているかなど尋ねる調査票も送付される。
③事件ごとに裁判員候補者の中からくじで裁判員候補者が選ばれる。
④くじで選ばれた裁判員候補者に別の質問票とともに選任手続き期日のお知らせを発送。
⑤選任手続きは、裁判長が不公平な裁判をする恐れの有無、辞退希望の有無・理由などについて質問をする。
⑥それらを経て6人の裁判員が選ばれる。日本の場合はお役所仕事という印象で、検事や弁護士の出る幕はない。
アメリカの制度の中で気になったのは、「インターネットは陪審員候補の背景調査にさまざまな方法を提供している」というくだりだ。
どこで生まれどこで育ち、どこの学校を出て、どこに就職したか、妻はいるか、子供は? また、交通違反は何回? 刑事事件に絡んだとか、前科があるのか。ひょっとしたら飲み屋のツケまで知られてしまいそうだ。どうしてこんなに個人情報がダダ漏れなのか。
調べてみた。日本では2005年に「個人情報の保護に関する法律」略称個人情報保護法が全面施行され、個人情報には神経質だ。
アメリカでは、「個人情報保護法」のような包括的な法律はない。アメリカのプライバシー保護は自主規制に委ねられている。個人情報を取り扱う企業は、自らが個人情報をどのように取り扱うのかをプライバシー・ポリシーなどとして公表する。プライバシー・ポリシーの内容は、基本的に各企業が自由に決めてよい。これが自主規制たるゆえんである。
その内容に反する取り扱いをすると連邦取引委員会から不公正・欺瞞的行為として課徴金を課される。近年は個人の情報保護の方向に向かっているというが。
もし、それが制定されれば、マイクル・コナリーは、どのように描くのだろう。こういう法廷ものは、映画やテレビドラマで観られるが、小説のいいところは証人に聞く内容の具体的説明があることだ。どうしてこういう質問をしたかが分かる。こういう小説を合わせて読み映画を観賞するとより分かりやすくなるというものだ。
なお、本篇から事務所代わりの高級車リンカーンから会議室もある事務所を構えることになったマイケル・ハラー。ついでながらマイケル・ハラーの昼食は、ロサンジェルスのスタジオ・シティにある「ジェリーズ・フェイマス・デリ」のターキー&コールスロー・サンドイッチで美味だという。
実在するところで、ネットであるサイトでは「午前3時45分、ハリウッドから30分ほど離れたスタジオ・シティのジェリーズ・フェイマス・デリにトム・クルーズは、コロンビア出身の美女ソフィア・ヴェルガナを伴って訪れた。二人は40分ほど店にいて「まるでデートのようだった」とのこと。夜遅くいけば、ハリウッド・スターに会えるかもね。