いうなれば毒舌漫才と言ってもいいかもしれない。しかもものすごく低予算に見える。キャストは、ウィノナ・ライダーとキアヌ・リーヴスの二人だけ。思ったことをすべて飾らずに言えば映画の中のセリフのようになる。
はじまりは搭乗口から。バラバラに人が待っている。一番前というあたりにリンジー(ウィノナ・ライダー)が立っている。スーツケースをごろごろと転がしながら行ったり来たりしていた髭面の男フランク(キアヌ・リーヴス)が、リンジーの横に立った。視線をリンジーに何度か向けて「いい服だね」(普通はこんなことは言わない。「ここが先頭ですか?」とかなんとか言うだろう)まあ、思ったことをすぐに言うとなると、彼女の服が印象に残ったと思えばいい。
リンジーも「ありがとう その上着も」
フランク「ありがとう 遅れないかな」
リンジー「オー あそこ見て」と指さす。「この航空会社は時間に正確なの。グーグルで検索したら、98! 96! 98%のユーザーが満足。ネットの支持率よ。ものすごく高い支持率よ。ものすごく高い評価かも。クカモンガ在住の友達メアリーも星3っ。すごく褒めてたわ。機内のスナックも」
フランク「いいね」と言いながらリンジーから一歩前へ出る。
それを見たリンジー 「何のつもり?」
フランク「何?」
リンジー「一歩前に出た」
フランク「いいや」
リンジー「とぼけないで、ずるい」
フランク「何だって?」
リンジー「ちゃんと見てたんだから」
フランク「何を?」
リンジー「私の横に並び洒落た上着を着て愛想よく話しかけ、時間を気にするふりをしてうまく割り込みさりげなく私の前に出た。15秒前、あなたは後ろにいた。忘れてると思うの?」
フランク「まさか」と言って一歩前に出る。
リンジー「ほら、また前に出た。それってまるで武術みたい」(英語の発音はドージョウと聞こえたが。道場か。つまり忍者が使う武術のつもりかな)
フランク「時間を気にしながらゲートに来て楽しい会話を試みた。しかし、君が冷淡だったからそれを避けるために前へ出た」そしてまた一歩前へ。
リンジー「ほら、またやった」
フランク「このぼくが綿密な計画を立てて8席しかない座席に策略をめぐらせていると?」
リンジー「待って、おかしいわ。前じなく後ろに行けば?」
フランク「そしてまた追い越せと?」
リンジー「5年前なら平凡なことを言ったと思うわ。“騎士道は死んだ”こんな表現じゃ甘いわ。礼儀の存在しない世界。あなたはそこの住人。あなたと同じ分類に入るのは投資銀行家、政治家、テロリストだわ。あなたたちは基本的に礼儀やルールを軽蔑している。優先的に搭乗するのは無理よ。特別な理由がない限り。理由があるの?」
フランク「ああ、早く乗りたい」そして小さな声で「ウザい」
しかし、世の中こんな二人がセックスをするんだよ。遠くの田舎ロサンジェルスとサンフランシスコの中間点でワインカントリーのサンルイスサビスポに降り立った二人。いがみ合う二人にどういうわけかどこでも隣り合う席になる。
結婚式場から抜け出して散歩に出た。起伏のある草原。突然現れた山猫か? ヤマライオン? クーガー? とにかく猛獣。リンジーに逃げろと言うフランク。リンジーも「私が残るから」。ここでの応酬は、フランクの奇声で獣は逃げた。二人も逃げた。 草原の勾配はきつい。二人とも転げながら重なった。フランクはいきなりリンジーにキス。ここからは詳しく書かなくてもいいだろう。
その後、ホテルの部屋に落ち着いた二人。リンジーの皮肉と毒舌は消えていた。(これがまさしくセックスの効用、性的満足は女性を優しくする)フランクも同じ。
やや斜めに見る傾向のフランクでも、こと美人に関しては自説を展開する。あるいはリンジーが言ってもらいたがっているのかも。「君の顔立ちはまさに黄金比だよ。美しい女性がほほ笑むと頬にできるラインで、頬骨から斜め下に向かうアーチ状のラインで見る人の目を口元にくぎ付けにするんだ。美的に素晴らしい。僕の経験上、美しい女性は90%の確率でこのラインがある。民族を超えたラインだ。そして君はスリムだがダイエットはしていない。もっと聞きたいかい? セクシーだが品のある曲線。完璧なバランス。ほどよい引き締まり。まさに理想的なボディだ。鍛えられた腕は健康的だがレスビアン風ではない。足首を見れば分かるよ。この体形は変わらないと」(そうかなあ、私は変わると思うよ。洋梨形に)
今度はお返しにフランクのことをリンジーが言う。「聞きたいはずよ。あなたハンサムでとても力強い目をしている。髪の毛もフサフサしてるし、口角は目を二等分する縦線からはみ出していないわ。横顔はアゴと下唇が同じ高さ。理想的だわ。ボディは頑丈でしなやかでやせ過ぎでもない。着こなしも高得点。Tシャツの裾をインして清潔感を演出、パンツは浅く穿き靴は正統派、そして素晴らしいペニスを持っている。すごくよかったわよ。まっすぐなペニスは、いまどき珍しい。バレエチックな形をしていた。悩みの種になるほど大きくないけど、バカにされるほど小さくもない。ちょうどいいサイズ」(リンジーは何を言いたいんだろうね。まっすぐなとかバレエチックとか)
フランクは、真面目な話をし始める。「人間は滑稽だ。哀れなケダモノと同じさ。愛は高尚なものだと信じたいのに。僕らが惹かれる基本的な理由は見てくれだ。そして色や手触り、匂い、味、距離感バカげている。セックスしている人の格好を考えると吐き気がする」(吐き気はしないけど、見るものじゃない。あれは二人で楽しむものなのだ)
さらに「人間なんて美しいものじゃない。必死に生き残ろうとする極めて不快な種族だ。人がものを食べる姿や、鏡に映る排泄中の自分をじっくり見てみろ。哀れな営みだ」(たしかに食べる姿で気になっているのは、箸は小さく切ったものはいいが、エビの天ぷらのようにかぶりつくというのは見た目がよくない。ましてや妙齢のご婦人となればなおよくない)
まあ、いろいろと屁理屈も交えて蘊蓄を傾けている。もうこの段階では、リンジーの方はフランクと長く付き合いたいと思い始めている。フランクはムリだと一蹴する。旅は最終段階に入った。空港から自宅へというコースだ。タクシー乗り場でハグして別れを惜しむ。リンジーが乗り込んでタクシーの運転手に「……通り14番地まで行って」それを聞いたフランク「番地まで言っちゃダメだぞ」リンジーは「気遣ってくれるの?」「いや、みんなに言っているよ」なんか可愛げのないフランクだよなあ。タクシーが動き始め、窓から手を出しているリンジーは中指を立てて「ファック・ユー」のサインを出していた。
フランクはアパートの自室でテレビをつけるが手持無沙汰。何か足りない。あるいは欠けているのかも。リンジーがノックの音でドアを開けるとフランクが立っていた。恋とセックスは、人生の必須の要件。なんぴともその魔力からは逃れられない。この映画はそれだけの話。2018年制作 劇場公開2018年12月
監督
ヴィクター・レヴィン1901年生まれ。
キャスト
ウィノナ・ライダー1971年10月ミネソタ州ウィノナ生まれ。47歳。
キアヌ・リーヴス1964年9月レバノン、ベイルート生まれ。54歳。