「ケネディ大統領とイギリスのマクミラン首相の会談が行われた」というラジオ・ニュースが流れる1962年、心から愛し合うフローレンス・ボンティング(シアーシャ・ローナン)とエドワード・メイヒュー(ビリー・ハウル)の二人。
新婚旅行でドーセット州のチェシル・ビーチにある浜辺のホテルに投宿した。時はロックンロール全盛時代で、エドワードはロックンロールの創始者ギタリストのチャック・ベリーがお気に入り。フローレンスは音楽大学でヴァイオリンを専攻し、エニスモアと名付けたカルテットを編成して将来の大成を夢見ていた。
ホテルの部屋でラジオをいじくってチャック・ベリーを探すエドワード。早く彼女を抱きたいが、間を持たせるのに苦労する。どういうわけか新婚旅行の二人にしては、少し硬い雰囲気が流れている。会話の端々から過去に飛び、二人のなれ染めや生い立ちに家庭環境が明らかになって行く。
エドワードの両親は、父が学校の教師で母は素っ裸で庭に飛び出す異常行為があり脳に障害がある。フローレンスの家庭は、事業を発展させた父のもと健やかに育った。父の性格に厳格すぎるきらいがあるとしても。階級制度のあるイギリスでは、相容れない家庭だろう。その苦難を乗り越えて、結婚にこぎつけた二人の愛情の深さは誰も犯すことは出来ない。その筈だったのが暗転する。
初夜といえば、男にとっても女にとっても記念すべき劇的な夜の筈。ところがフローレンスに覆いかぶさって抱き寄せると「過去に何人の女性と……?」「その女性の名前は?」エドワードはそれどころではない。セックスに未熟なフローレンスは、台所に転がっている大根のように、脚を閉じたままで何もしない。
のしかかって苦労するエドワードを見て、フローレンスはセックス・ガイド・ブックを思いだす。「手を添えて挿入しなさい」フローレンスはその通りにした。若いエドワードにとって手を添えられるということは、最大の刺激になった。彼はそのままフローレンスの股間に射精した。エドワードは恥ずかしさでうろたえた。もっと驚いたのがフローレンス。枕で精液を拭ってそのまま飛び出していった。そのフローレンスを追ってチェシル・ビーチの砂利の浜辺へ。
フローレンスのいい訳を端的に言えば、「私はあなたを心から愛している。私は不感症だから別の女とのセックスは認める。そんな形で結婚生活を送りたい」これに激怒したエドワード。結局、二人は6時間の結婚生活で幕を閉じた。
容赦なく時は過ぎて行く。長髪に渋みを増したエドワードは、ロックンロール専門の小さなレコード店を経営している。ある日、中学1年生ぐらいの女の子がやってきて「チャック・ベリーのレコードありますか?」と聞いた。
エドワードは「あるよ。君が聴くの?」
「いえ ママの誕生日に 年寄りよ 36歳。聴くのはクラシックばかりだけどチャックは好き」
「僕もだ」
「“陽気に弾んでいる”って」
ここでエドワードの顔色が変わる。あの新婚の初夜、ホテルの部屋で交わした会話と同じなのだ。
それに気づかない少女は「驚かせたいけどいくら? 75ペンスしか」彼女の提げているヴァイオリン・ケースに“エニスモア楽団”のワッペンが見える。この子は確実にフローレンスの子だ。
「いや いいよ。君にあげる。持ってって」
「いいの?」
「ああ お母さんに伝えて“誕生日おめでとう”と」
「誰からって言えばいいの?」
「ああ それは…店からだ」出て行こうとした少女に「君 名前は?」
「クロエよ。クロエ・モレル さよなら」
出て行った少女の後姿を眺めながら、エドワードに複雑な思いが駆け巡る。ホテルの部屋で「子供が産まれたらクロエと名付けたいわ」と言っていたフローレンス。チェシル・ビーチで「ごめんなさい。帰りましょう。二人で」とフローレンスの言葉をかたくなに拒んだエドワード。心の優しさを忘れたエドワード。
それから時は流れエドワードも老境にさしかかった。ラジオから「半世紀前、音楽大学の学生四人が、その技術を磨くために好きな曲を練習した。そのエニスモア・カルテットが10月ロンドンのウィグモア・ホールで結成45周年を祝う。これがエニスモア・カルテットのラスト・コンサートになります」
舞台でヴァイオリンを演奏するフローレンスの目に老いたエドワードを捉えた。うなずくエドワードの目から大粒の涙があふれている。生涯独身を貫いたエドワードにとって、フローレンス以外の女性との結婚は考えられないことだった。ではなぜあの時、彼女が悪くはないのに、拒絶したのか。思いやりの心があればともに解決する努力をしたはずだ。彼女の不感症も父親からの性的虐待の影響もあるという。
不感症といっても妊娠は可能なのだ。人生で重大な過ちを犯したエドワードは、心奥にフローレンスへの愛を抱きながら死への旅路につくことだろう。観ている方も、感情移入すると涙が止まらない。四重奏の曲が多く挿入されていて、心理描写に効果的だった。
2017年制作 劇場公開2018年8月
監督ドミニク・クック出自未詳
原作イアン・マキューアン「初夜」1948年6月イギリス、イングランド、ハンプシャー州生まれ。
脚本イアン・マキューアン
キャスト
シアーシャ・ローナン1994年4月ニューヨーク州ニューヨーク市生まれ。2007年「つぐない」でアカデミー賞助演女優賞にノミネート。2015年「ブルックリン」でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。2017年「レディ・バード」でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。
ビリー・ハウル1989年11月イギリス、イングランド生まれ。