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読書 ノア・ホーリー著「晩夏の墜落 BEFORE THE FALL」

2019-05-05 17:32:08 | 読書

               
 マサチューセッツ州デュークス郡にあるマーサズ・ヴィニヤード島の飛行場を離陸したプライベートジェット、オスプライ700SLが、18分後大西洋に墜落した。
 座席数は9席あって乗客はニュース専門局の「ALCニュース」の代表デイヴィッド・ベイトマン、その妻マギー、娘レイチェル、四歳の息子JJそれにイスラエル人の護衛ギル・ハルク。銀行家のベン・キプリングと妻サラ。マギーに誘われて搭乗する貧乏画家のスコット・バローズが加わる。

 クルーは、イギリス人の機長ジェームズ・メロディ、テキサス州オデッサ出身の副操縦士チャーリー・ブッシュ、誰もが誘いたくなる美女でドイツ生まれの客室乗務員エマ・ライトナー。

 幸運にも海に投げ出されて生きのびるのは、スコット・バローズとJJ。スコットはJJを助けながら泳ぎ、ロングアイランドの突端モントークにたどり着き九死に一生を得る。

 墜落の謎を残しながら、原題の「墜ちる前」のベイトマン家の人々、銀行家それに生きのびた後のスコットと絡む大富豪の娘レイラそれにマギーの妹エレノアなどと「ALCニュース」の司会者ビル・カニンガムの狡猾なインタビューがニュースそのものが違法な盗聴のあげく無残なエンタテイメント化しているという馬鹿げた現状の告発ともいえるのが本作ではないだろうか。

 孤児となったJJを引き取ったのは、マギーの妹エレノアだった。JJの表情から笑みが消えた。もっと悪いのは、エレノアの夫ダグ。自称作家と言うがパソコンかタイプライターの前に座るよりも、バーカウンターに座っている時間の方が多いという男。

 JJが相続する巨額の遺産。現在の市場価値で1億3百万ドル(約113億円)、大部分は信託財産としてあり、これの10%に相当する1千30万ドル(約11億3千万円)の養育費用も別途用意してあった。

 エレノアは、JJのための費用であって自分たちが自由に使うおカネではないと思っている。ダグは違う。それよりも嬉しいのは、スコットがJJに会いに来たときJJの表情が明るくなることだった。

 相続財産の3分の1を継いだ29歳のレイラ・ミューラーは、世界の富豪399番目に位置する。桁違いの金を持つレイラのレベルの富は市場の変動を凌駕している。金額が大きすぎて破産のしようがない。特定の恋人がいるわけでもない。言い寄る男は星の数ほどだが、下心の中に金の匂いを嗅いでいることも明らかだ。

 航空機や車や災害の事故現場ばかりを描く無欲なスコット・バローズに関心を持つのもレイラなのだ。スコットのベッドに全裸でもぐりこむレイラでもある。ところがスコットは何もしない。

 エレノアを訪ねるスコット。レイラと一夜を共にするスコット。ニュース専門局は、自分たちの推測したストーリーに固執してインタビューもそちらの方へ誘導する。特にひどいのは、「ALCニュース」のビル・カニンガムだ。ニュースをエンタテイメントと思っているようで、違法な盗聴までやってのける。

 なぜ、スコットが生き残ったのか? ひょっとするとテロリストではないか。スコットがプライベートジェットに乗れたのは、ALCニュースの代表デイヴィッドの妻マギーと寝ているからではないか。さらにエレノアとも怪しいしレイラとも、なんて際限がない。日本のテレビ局と変わりなさそう。

 これらを一気に打ち砕くのがスコット。「あんたたちは電話を録音していた。エレノアの家の電話を。それで突き止めたんだな―――レイラの自宅からおれがエレノアに電話したときに、おれの居場所を。エレノアの電話を逆探知して。ガス(国家運輸安全委員会調査主任)の電話も盗聴してたのかい? FBIの男の電話も? つまり―――情報漏れの件も。そういうやり方であの文書も入手したんだな? あんたたちは彼らの電話を盗聴していた。ジェット機が墜落し、人が死んだ。あんたたちはその犠牲者と関係者の電話を盗聴していた」

 ここでビルの言葉が入る。「大衆には知る権利がある。偉大な男を失ったんだ。デイヴィッド・ベイトマンを。巨星を。われわれには真実を知る資格があるだろう」
「ああ。だけど、それが違法だということは分かってるのかい? 自分が何をしたのか。しかも、言うまでもないが―――人の道に外れた行為だ。で、おれたちはここに座り、あんたは何を心配してるんだろうね―――おれが一人の女と合意の上で関係を結んだかどうかってことかい? そのくせ、実際にあそこで起こったことは何一つわかっちゃいない。副操縦士が操縦室のドアをロックして機長を閉め出したんだよ。彼がオートパイロットのスィッチを切ったんだよ。それで機体をダイブさせたんだ。ドアに六発――銃弾が――撃ち込まれた。撃ったのはたぶんベイトマンのボディガードで、なんとかドアを開けてジェット機のコントロールを取り戻そうとしたんだろう。だけど、出来なかった。だから、みんなが死んだ。人が死んだんだ。家族のいる。子供のいる人たちが。彼らは殺されたんだ。で、あんたはここに座って、おれのセックスライフについて質問してる。恥を知れ」

 ビル・カニンガムはスコットに殴りかかろうとするが周囲のカメラマンに抑えられて動けない。それを尻目にエレベーターに向かう。スコットの頭の中では、JJがどこかで待っている。JJに泳ぎを教えてやろう。それとともに自分も再生のボタンを押す時。が漂う。

 この航空機事故は陰謀やテロとは何のかかわりもない。副操縦士のチャーリーが客室乗務員のエマに復縁を迫り無視された結果だった。頭のネジが少しゆるいチャーリーとエマは、一時熱愛の関係だった。ところがセックス中、チャーリーは両手でエマの首を絞め殺すかというとき、強烈なオーガズムに襲われてわれを忘れた。以来エマはチャーリーから距離を置き始める。チャーリーは、わざわざエマと同組に乗務する細工までして許しを請う筈だったが、エマに無視され頭のネジが外れて自爆行為に突き進んだというわけ。

 事故原因については拍子抜けするが、本質はニュース番組の現状についての鋭い指摘と言ってもいい。著者ノア・ホーリーは、テレビ番組プロデューサー、脚本家、作曲家、映画監督でもあり、テレビドラマでは「BONES」「FARGO/ファーゴ」などのヒット作がある。

  

ノア・ホーリー

 この作品で、2017年度アメリカ探偵作家クラブ長編推理小説部門でエドガー賞を受賞した。この作品に出てくるマーサズ・ヴィニヤード島にまつわるエピソードがいくつかある。

①1969年7月18日ロバート・ケネディ司法長官の選挙スタッフだったメアリー・ジョー・コペクニを乗せて運転していた弟のエドワード・ケネディ上院議員が誤って橋から落下する事故を起こした。エドワードは酒を飲んでいたため、メアリーを死なせたにもかかわらず現場から逃亡した。世界で話題になった。

②1974年、スティーヴン・スピルバーグはこの島で映画「ジョーズ」を撮影した。

③ビル・クリントン元大統領夫妻とその娘が夏の休暇を過ごすことでも注目された。(ウィキペディアより)

 

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