19
一宮町東浪見(とらみ)にあるマンションの四○二号室のドアを閉める間もなく、二人は唇を求め合い激情が一気に爆発した。
「あああ…」半ば泣き声のけいが激しく喘ぐ。香田の舌は、けいの首筋から耳を這い回り、右手はサマードレスのベルトを剥ぎ取り、ボタンをはずしてキャミソールの上から胸を愛撫する。しかし、まだサンダルも履いたままだ。
「けい! けい! まだサンダルを履いたままだし、部屋に上がろう」けいの絡まる舌から逃れるように、香田は言う。
せっかく高潮した気分を阻まれて不満そうな顔が頷いた。部屋は窓を少し開けてある程度で、暑さが満ちていた。エアコンのスイッチを入れて、けいを抱き寄せた。
「マットを敷くよ。ドレスだけ脱いで後はつけたままで。私が脱がせたいから」けいは、軽くキスをして化粧室に消えた。
香田はマットを敷いて、窓のカーテンも閉める。暮色に包まれ始めた部屋は、カーテンを閉めると暗すぎる。娘が癒しに使っている太目のローソク三本を灯す。振り返るとけいが立っていた。
「ロマンティックで素敵ね」言われた通り黒のキャミソールと黒のパンティでセクシーだった。香田はポロシャツと短パンを脱ぎ捨てた。けいを抱き寄せて、そっと寝かせキスをする。キャミソールとパンティをゆっくりと脱がせていく。息を呑むほどふくよかで弾力のある乳房を掌(てのひら)で包みこむ。
香田の右手は、ゆっくりと下りていき女体の敏感な部分に触れた。興奮が最高潮に達しようとしているようだ。その部分は溢れんばかりの潤いに満たされていた。
けいに香田がのしかかり、やさしくゆっくりと入った。けいは「あっ」と小さく呟いて、二人が合体したことに感動とともに涙が香田の肩を濡らした。
腿を香田の胴に絡めた。けいは忘我の境地にさまよっているようだった。いよいよそのときがやってきた。けいは、強くしがみついて果てた。しばらく荒い息をしていた。香田はまだだった。けいの背中を撫でてやりながら、耳や肩にキスの雨を降らせた。ようやく顔を上げたけいは、「ありがとう。よかったわ。幸せな気分」そこで気がついたのか「あら、まだ?」
「うん」といってけいの息の回復を待ち再び交わった。ゆっくりとした律動の果てに絶頂に達した。けいは、思わず呟いた。
「ああ、よかったわ。二回も続けてイクなんてはじめて」
翌朝八時に起きた二人は、海岸を散歩した。昨夜は、セックスのあと食料や衣類の買い物に出かけた。今着ているのが買ったもので、けいは白のTシャツにブルーの短パン、香田は、白のTシャツに黒の短パン、足にはビーチサンダルという恰好だった。どれも驚くほど安い品物だ。それに、部屋では出来るだけ衣類は身につけないことにしようと合意していて、けいが見繕ったものがある。
「いつまでここに居られるの?」とけい。
「そうね。金曜日の夜から娘が来るから、木曜には引き払うことになるだろうね」
「そう、じゃあ、今夜はいいわけね。それから、名前をどう呼べばいいのかしら。香田さん? 順一さん? それとも順一?」
「妻はお父さんと呼んでいるけど、それはないだろうね。順一でいいよ。あなたのことをけいと呼んだから」けいは律儀なところがある。
「それで決まりね。順一説明してよ。この辺のこと詳しいんでしょう」
「早速使ったな。ところで、ノーブラなんだろ?」
「そうだけど、何なの? 映って見えてる?」
「いや、まあ、乳首の辺が突っ立てるから、今の時間やこの辺はいいけど、昼間はTシャツの場合ブラジャーをしたほうがいいだろうね」
「わかったわ。きのう買ったのよ。私ブラジャーつけるの、あまり好きじゃないのね。なんだか窮屈に感じるわ」
「ところで、その胸の話に関連するんだけど、胸の大きな人ってジョギングなんかに不都合はないのかい?」
「それ、私のことを言ってるの?」
「あれえ、けいは自分でも大きいと思っているんだね」
「んー、Dカップだから大きい部類に入るのかしら。でも、心配は要らないわ。スポーツブラでゆれないようにしているから。あっそうそう、そんなことより、女から見て男の一物よ。走るときって、ぶらぶらして邪魔にならない?」
「まいったなー。なんだか一本やられた感じだな。心配いらないよ。うまく収まっているから」こんな他愛もない会話が延々と続いていく。
今にも雨が降りそうな気配が漂い、鉛色の海は魅力のない女のようだった。かなり年配の夫婦とすれ違うとき、お互い微笑みながら「おはようございます」と挨拶、一瞬心が通ったように思う。けいが
「いいご夫婦ね」と呟く。
「ああ、そうだね。人生の最終章に入ったかな。私のページも随分すすんでいるかも」と順一が返す。
「よして! 夜が元気なんだから、そんなことは考えないで!」とけいはふくれっ面をして腕を絡ませてきた。
部屋に帰りつくと、待っていたように雨が降り出した。けいは買い物袋からなにやら取り出して、こちらに放ってよこした。開けてみると女性用のTバックだった。
「これを穿くの?」
「そお、穿いて。黒光りした一物を見せるより、これで隠した方がいいでしょ」とのたまう。香田は思う。なんとまあ、セックスの前と後がこれほどの違いがあるとは思いもしなかった。主導権が握られた。香田がかろうじて言ったのが
「けいは、何を着るの?」の一言だった。
「ちょっと待って、着替えてくるから」
けいはわざわざ化粧室に姿を隠した。出てきたとき、香田は息を呑んだ。肌が透けるキャミソールにこれも透けるTバック姿だった。キャミソールに包まれた乳房は、乳首や乳輪が浮き出ていて、Tバックは、黒い陰毛が鬱蒼と茂り、余分な毛が横からはみ出していた。
「目の保養を楽しんだら、愛撫してあげる。今日は私が奉仕する番ね」
やれやれ、今日は一日中セックスのお相手なのだろうか。香田の精力が回復する暇もない。
朝食はトースト四枚とベーコンエッグという献立。それをビールとともに食する。トーストを食べようとすると、けいが「ちょっと待って」と言ってニンニクをすり込んだ。ガーリックトーストの出来上がり。精力回復にというわけ。
ビールでほろ酔い気分になり、けいが一段とまぶしくセクシーに見え始めた。
トイレに行って戻ると、けいの背後から乳房を両手で包み込んだ。そしてうなじに舌を這わせた。けいは振り向く格好で顔を向けた。唇を合わせると舌を絡めてきた。これがきょう最初のセックスの始まりだった。
食前食後は大げさかもしれないが、この日の夜遅くにも交わり、香田はどれも射精はなかった。どういうわけか勃起はするので、けいの満足度は高いはずだ。朝、夜それぞれ二回のオーガズムに打ち震えていた。毎回こんなに高まり絶頂感を味わうなんて信じられないとけいは言う。香田はセックスに取り付かれた女の執念の危険性に不安を感じ始めていた。
翌朝二人は、帰路についた。車の中では、けいが香田の腿に手を当ててさすっていた。
「いやー驚いたね。まさか女性用のTバックを穿かされるとは、思わなかったなー」けいは、くっくっと笑って
「でも、季節向きでよかったでしょ」
「ご主人とはよくあんな恰好をしたのかい?」
「ええ、時々ね。マンネリの打破に」
「効果は?」
「時にはね。あの恰好もマンネリになるようね。きのうは、その必要はなかったようだけど」
「けいの妖艶な姿態が目に浮かぶよ」けいの右手が、香田の太ももをぎゅっと握った。
けいのマンションの前で車を止めた。
「どお、お昼ご飯家(うち)で食べていらっしゃらない?」けいが儀礼的かもしれないが言う。
「うん、でもまだお腹が減っていないし、それに、本当のことを言ってもいい?」
「いいわよ。なんなの?」
「実は、くたくたなんだ。それで食欲もないしね」
「あら、それ私のせい?」
「いや、すべてとは言わないが」
「半分ぐらいはあると? でしょうね。でも、本当に素敵だったわ。私溺れそう。順一とこうして座っていると、もやもやしてきちゃうの。だけど今日はあきらめるわ。残念だけど」
順一が手を伸ばして、けいの手を握りながら
「悪いけど、そうしてもらえるとありがたい」
「それじゃあこれで,本当にありがとう。私のために食欲もなくしたなんて。皮肉を言っているんじゃないわよ。順一、また会って! お願い!」
「ああ、いいよ。メールで連絡するよ」けいは車から降りた。香田は手を振ってアクセルを踏み込んだ。バックミラーには、車が角を曲がるまで立っているけいが見えていた。
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