Wind Socks

気軽に発信します。

読書 ドン・ウィンズロウ著「ダ・フォース」ニューヨーク市警 部長刑事の恥辱の正義

2019-06-10 13:59:58 | 読書

             

 デニムの黒いシャツにリーバイスのジーンズ、つま先が鋼鉄で補強されたドクター・マーチンのブーツ(ドアを蹴破るのに重宝)に黒革のジャケット。腰のホルスターにはドイツ製のSIGザウァーP220、腰のうしろの窪みにイタリア製ベレッタ8000Dミニ・クーガーを突っ込んで武装するデニス(デニー)・ジョン・マローン。

 黒ずくめがトレードマークの188センチがっしりとした威嚇的な体格を持った38歳の男。ニューヨーク市警マンハッタン・ノース特捜部(通称ダ・フォース)の部長刑事。部下が三人。私生活は、妻とは別居中。救急救命室勤務の看護師クローデットという恋人がいる。クローデットは、アフリカ系アメリカ人。

 ダ・フォースの縄張りは、ブルックリン、ブロンクス、マンハッタン・ノースとなる。麻薬と銃の抑制に主眼を置いてはいるが、携帯電話窃盗やインターネット犯罪、なりすまし犯罪にクレジット・カード詐欺へとシフトしているのが現状なのだ。ニューヨーク市では、拳銃やアサルトライフルが200ドル、普通のライフルや散弾銃やBB空気銃が25ドルで買い上げて銃器減少に努力中とのこと。

 目下のターゲットは、最後の大物麻薬王と言われるデヴォン・カーターという男。このカーターは切れ者で戦略家、決して麻薬そのものにも売買の場にも近づかない。電話、メールを使わず手下と直接会って話すだけ。なかなか尻尾を出さないカーター。

 ダ・フォースのマローンは、同僚二人と「シルヴァイアス」で昼食にターキーの手羽肉煮込みを食べていたとき、ブリオーニのグレーのカシミヤのタートルネックのセーターに、ラルフ・ローレンのチャコールのズボン、グッチの大きめのメガネという相変わらず洒落た着こなしのカーターがいた。マローンはカーターの隣のストゥールに腰掛けて言った。
「デニー・マローンだ」
「知ってるよ」
店内はしんと静まり返った。ハーレムで一番の大物麻薬ディーラーと、そいつを逮捕する側の警官がカウンターに並んで座ったのだ。マローンのちょっとしたフェイントなのだ。

 マローンは、マフィアのチミーノ・ファミリーの幹部ルー・サヴィーノに会いに行く。建設業、労働組合運動、高利貸し、ギャンブルといったマフィアらしい商売に手を出している。麻薬にも手を出しているのをマローンは知っている。ただし、マローンの管轄マンハッタン・ノースでは売っていない。

 これには厳しい取り決めがあってノースで売れば、ほかの商売にも打撃を与えるぞということだ。これは昔から警察とマフィアの間で交わされた取り決めだ。売春、カードゲームや裏カジノなどのギャンブルを見逃してもらうかわりに警察に封筒を渡してきた。この金はキレイな金というのが警察の認識だ。汚い金は、麻薬や凶悪犯罪からのものだ。

 キレイな金は巡査から部長刑事へ、部長刑事から警部補へ、警部補から警部へ、警部から警視へ、警視から警視正へと配分される。サヴィーノの世代のマフィアはみな、映画の中に出てきた登場人物にあこがれ、自分たちもそうなりたいと思っている。映画「フェイク」のアル・パチーノ、「グッドフェローズ」のジョー・ペシ、テレビドラマ「ザ・ソプラノス」のジェイムズ・ガンドルフィーニになりたがる。(ちなみに「ザ・ソプラノス」は、アマゾン・プライムで観られる。私は現在観賞中。オープニングの音楽がいいし面白い)

 サヴィーノはパールグレーのアルマーニのジャケットの下に黒い絹のシャツを着てハイボールを飲んでいる。
「これはこれは、刑事中の刑事さん!」サヴィーノは立ちあがってマローンをハグする。封筒が音もなくするりと、マローンのジャケットへ滑り込む。「メリー・クリスマス、デニー」とサヴィーノ。

 クリスマスにはマローンも別居中の妻と子供にプレゼントを渡す。別れのときには子どもたちは涙を流す。時間を見計らってダ・フォースのメンバー、フィル・ルッソの家に寄る。ルッソの17歳の娘ソフィアがルッソの妻ダナそっくりな長身で脚が長く、漆黒の髪にどきっとするような青い眼をしている。クソ信じられないほどクソ美しい。(ここから連想するのは、エリザベス・テイラーだ。若い頃テイラーを見て夢心地になったのを覚えている。そして日本人に生まれたのを呪いもした。あの青い瞳だけはどうしょうもなく蠱惑的なのだ)

 ダナからターキーやマッシュポテト、野菜、マカロニを詰めた容器を渡されたその足で約束した弁護士のピッコーネのベンツの運転席に車を寄せて窓を開けた。外は凍えるほど寒いから。ここでも金のやり取りのからくりがある。それの相談事。

 重要犯罪人を逮捕すればダ・フォースの面々はボウリングナイトと称して思いっきり羽目を外す。妻や恋人同伴禁止。一張羅のスーツにフレンチカフスのワイシャツとシックな靴という出で立ち。オープニングは、52丁目にあるステーキハウス「ギャラガーズ」から。次にリヴァーサイド・ドライヴ98丁目にあるマデリンの店に行く。1回のデート代2000ドル(約20万円)の極上の美女とファック。その後、美女たちを連れてレノックス・アヴェニュー127丁目「コーヴ・ラウンジ」というクラブへ行く。レストランの食事代とデート代、クラブでの代金は無料。

 その代わり相応のチップをはずむ。マデリンの店では、相手の女性ニッキに500ドル(約5万4千円)を置いてきた。そんな金を給料から出せるわけがない。ギャングの上前をはねた金だ。

 ボウリングナイトの仕上げの店で、上等のマリファナでラリってるマローン。フラフラと外に出る。寝静まった街をよろけながら歩く。青いスーツに赤いネクタイの男に呼び止められる。それはFBI特別捜査官オデルだった。

 連れて行かれたのは「ウォルドルフ=アストリア・ホテル」のスィート。部屋の片隅にある安楽椅子に座るずんぐりとした男が「ニューヨーク州南地区連邦検察局の捜査官スタン・ワイントラウブだ」という。FBIと検察、チョットやばい。案の定、録音された弁護士ピッコーネとの裏取引を聞かされる。どこでどう音をとられたか見当がつかない。逃げられない。どうする? 

 再びウォルドルフ・アストリア・ホテルのスウィート。ニューヨーク州南地区連邦検察局の連邦検事、イゾベル・パスは極上の女だ。淡褐色の肌、真っ黒な髪、大きな口、薄い唇に塗られた赤いルージュ。40代前半だろうが、もっと若く見える。黒いビジネス用のジャケット、タイトスカートにハイヒールという服装で部屋に入ってくる。男を悩殺する勝負服。(これはマローンが受ける印象。淡褐色というから白人ではない。プエルトリコ人なのだ。マローンは黒人の恋人を持っているから関心が深いのだろう)

 そして連邦検事とFBI捜査官との約束は、「お巡りは除く、マイケルズは差し出すよ。弁護士も数人。他に検事を一人か二人。あんたに度胸があるなら、判事を二、三人付け加えてやってもいい。そのかわり俺は無罪放免だ。刑期はなし。おれはバッジと銃は持ち続ける」とマローン。とはいっても裏切り者のネズミになったのは間違いない。FBIでは、ネズミのことを「ロック・スター」と呼ぶ。マローンはロック・スターだ。

 マローンは常にレコーダーを身につけている。ダ・フォースのトーレス班の部長刑事ラフ・トーレスが、ロッカールームで声をかけてきた。「マローン、話がある」特捜部の外の通りを渡ってセント・メアリー監督教会の木々の多い中庭にはいる。「このクソ野郎」とトーレス。大物の麻薬ディーラーの銃器取引、リヴォルヴァー、オートマティック、ポンプアクションのショットガン。この取引を横取りしたのがマローン。一枚噛んでいたトーレスは怒り心頭に発している。

 そしてトーレスは、運命を左右する重大な言葉
「あの取引にはおれも噛んでいたんだ、マローン。紹介料をもらってたんだ」「なんなんだ。その分返せってか?いくらだ」
「1万8千だ」
「じゃあ、駐車場に来てくれ」
 マローンは、車のグローブボックスから金を出して封筒に入れる。この封筒をトーレスが受け取れば、彼の地位は瓦礫と化す。

 レコーダーをFBIのオデルに渡す。その後トーレスは、自分の車の中で拳銃をくわえ脳みそをぶちまける。一線を越えたこれからはポーカーフェイスで通すしかないと悟るマローン。だが世の中そんなに甘くはなかった。泥の川を泳がせれば、巧妙に波を乗り切るマローンでもあるが。

 その泥の川でマフィアのチミーノ・ファミリー幹部サヴィーノ、ドミニカ系麻薬ディーラー、カスティーヨ、ダ・フォースのトーレスのチーム、内部監査部とニューヨーク市当局から追われる身となった。そのカスティーヨの自白で、マローンの容疑が濃くなった。

「職務上の不正行為、賄賂の授受、恐喝、司法妨害、販売目的の薬物の不法所持、薬物の販売及び流通に関する共同謀議、さらに武装強盗の容疑で逮捕する」とFBI特別捜査官オデル。マローンは、1時間千ドルの敏腕弁護士ジェラード・バージェイに助けを求める。FBIは、マローンの妻シーラも汚れたカネを使った共謀罪で起訴できるぞと脅す。

 結局「犯罪行為を全面自供し、ヘロイン密売の罪状を認める。捜査に全面協力し、犯罪に連座していることが分かっている現役警察官に対する協力的な証人になる。盗聴マイクをつけること。被告人の協力が完全に遂行されるまで量刑確定裁判は開かれない」という条件で解放される。

 ここからは怒涛の復讐劇が展開される。ギャングや麻薬ディーラ、さらに身内とも言うべきダ・フォースの自殺したトーレスの部下との壮絶な銃撃戦でマローンも重傷を負う。大物麻薬ディーラー、カーターを殺しカスティーヨを倒して奪ったヘロインのブロックを川に流しながら体を横たえる。周囲の喧騒が消え意識が薄れる中、人生初の逮捕劇、老女を襲った男を取り押さえる場面が見えている。デニス・ジョン・マローンの望みは一つだった。いいお巡りになること。ただそれだけだった。

 著者のドン・ウィンズロウは、好きな作家で今までに何冊かを読んでいる。本作は極上の警察小説と言える。そして、ニューヨーク観光案内ともとらえることもできる。というのも文中に実在する有名レストランや場所、ジャズ・シンガーまで幅広いメニューが嬉しい。

レストラン

「レノックス・ラウンジ」イコンのような看板。赤い店構え。すべてが歴史だ。この店ではビリー・ホリディが歌い、マイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーンが吹いた。今は閉ざされている。

「シルビア」ハーレムにあってマローンと仲間たちが昼食をした。

「ダブリン・ハウス」ブロードウェイ79丁目。アイリッシュ・バー。

「ブヴェット」グリニッチ・ヴィレッジ。マローンは恋人のクローデットとデートした。ニューヨークとパリと東京にお店がある。東京都千代田区有楽町1丁目1番2号東京ミッドタウン日比谷1階。

ステーキハウス「ギャラガーズ」マローン達がスタッグ・ナイトで初めに行った店。


「ジャン・ジョルジュ」高級フランス料理店。クローデットと食事。そのあたりのくだりを引用しよう。「この場ちがいな店で気遅れを感じているのは、クローデットではなく、高級スーツに身を包んだマローンのほうだ。クローデットはまるでこの店で生まれたのかと思うほどなじんでいる。ウェイターも同じことを感じたらしく、彼らが話しかけたり訊いたりする相手はもっぱらクローデットだ。彼女はそれにそつなく応対する。まるで生まれたときからやり馴れていることのように。マローンにはさりげなくワインや料理を勧める。エッグトースト キャビアとハーブをおそるおそる口に運ぶ。想像していたよりはるかに旨い」
東京にもある。東京都港区六本木
6-12-4六本木ヒルズケヤキ坂通り1階 値段を見るとびっくりするほど高くない。

「スモーク・ジャズ・アンド・スーパー・クラブ」ブロードウェイ106丁目。ジャズ・シンガー、リー・デラリアの出演。歌うのは「降っても晴れても」

君を愛している 誰にも負けないくらい

雨の日も晴れの日も

幸せも不幸せも 君と分かち合おう

雨の日も晴れの日も

ジャズ・シンガー

リー・デラリア(Lee DeLaria) 1958年5月イリノイ州生まれ。

セシル・マクロリン・サルヴァント(Cecile McLorin Salvant) 父ハイチ人、母フランス人を持ち1989年8月フロリダ州マイアミで生まれる。2016年「フォー・ワン・トゥ・ラヴ」でグラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞受賞。丸の内の「コットン・クラブ」南青山の「ブルーノート東京」にも出演した。

ニューヨークの街をナビゲーション

 車での移動が詳しいので一つ引用してみよう。物語も終わろうとする頃、マローンはダ・フォース・トーレス班のガリーナ、テネリ、オーティスが乗った車を追尾する。

 「ブロードウェイを北上する車をつけながら(ハミルトン・フルーツ&ヴェジタブル)、(ビッグ・ブラザー・バーバーショップ)、(アポロ・ファーマシー)、トリニティ・チャーチ墓地そして155丁目通りとの交差点の先にある、カラスの壁画の前を通り過ぎる。インターセッション教会のまえも通り、(ワヒ・ダイナー)のまえも通り、その地の小さな神々やマローンが崇拝する神殿のまえも通る。マローンがつけている車は左折し、西177丁目通りに入る。フォート・ワシントン・アヴェニューとパインハースト・アヴェニューを走り、また左に曲がってへヴン・アヴェニューに入ると、西176丁目通りを左折し、J・フッド・ライト・パークのすぐ手前で通りの東側に停車する。アサルト・ライフルで武装した三人が降りてくる。麻薬組織トリニタリオの見張り番が三人を通す」この後マローンが単身で乗り込み、銃撃戦が展開される。

それではセシル・マクロリン・サルヴァントをどうぞ!

  

それにしても、映画もそうだけど本もいろいろと教えてくれる。