89歳のベットには身寄りがありません。
長男はロシアで大学教授。長女はロンドンでイギリス人の夫と店を営んでいます。夫は19年前に亡くなり、身近な親族はすでに他界している弟の奥さんである、同じく80代の義理の妹くらいです。
でも、NZではこういう高齢者が珍しくなく、ポリネシアンでない限り子どものところに身を寄せている人はかなり少数ではないかと思います。「身寄り」にあたる英語が簡単には思いつかないほどです。
老人は老夫婦で、連れ合いがこの世を去れば独りで暮らしで、それがかなわなくなればホームに入るのが普通なのです。
ベットは来年90歳ですが2年前にクルマの運転をやめた以外は、なんでも独りででき、目も耳も足腰も頭も、なんら問題がありません。
元々健康なからだに生まれついた幸いに加え、
毎日のウォーキング、
1日スプーン2杯のマヌカハニー、
朝晩のフィッシュオイル(魚油)、
錠剤や果物でのビタミンCの摂取を欠かさず、
肉と油を控え、魚と野菜を多めに摂り、
日曜日の夜とお呼ばれ以外は今でも自炊し、
週1回の手芸教室で仲間と落ち合い、
2週間に1回は漢方マッサージを受け、
毎日決まった友人3人と電話で長話をし、
(1人は間違い電話が縁で知り合った、1度も会ったことがない人)
国会放送を欠かさず観て、
新聞をくまなく読み、
クロスワードパズルをやり、
ガーデニングをして部屋に生花を欠かさず、
飼い猫のブラッシングを日課とし、
毎朝5時には施設内で禁止されているハトの餌付けをこっそりやり、
食器洗い機があるのに皿洗いは自分でやり、
好んで着ているウールを手洗いし、
ダブルベットのベッドメイクを毎朝きちんと済ませ、
1日何度もあちこちから掛かってくる電話に出、
住んでいる施設の会合には欠かさず出席し、
話題の映画があれば観に行き、
お茶よりもコーヒーを愛し、
おしゃれをし、いい靴を履き、
誘われれば飛行機に乗ってでも旅行に行き、
常に前向きで、
自尊心と他人への思いやりを片時も手放さず、
誇り高いキウイとして生きています。
彼女に老人としての躊躇い、諦め(知り合ったときにはすでに運転をやめていました)、甘えなど、後ろ向きなものを一度も感じたことがありません。一緒にいても、
「単に年が違う、歩く速度が遅い友人」
ぐらいにしか感じられないのです。
こんな彼女だからこそ、体調の不良がことさら堪えたのでしょう。
「もう来年は90だから」
というあきらめがない分、
「なぜ血圧が上がってしまったのか?なぜめまいがするのか?
なぜ?なぜ?なぜ?」
と問い詰めていけば行くほど、血圧が上がってしまいそうでした。
看護士は約束どおり1時間後に戻ってきました。
血圧は若干下がったもののほぼ一緒でした。さすがに1時間ではなにも変らないのでしょうか。
「マニュアルの血圧計で測ってみましょう。電動のものより低く出ることもあるので。」
と、彼は思いがけないことを言い出し、オフィスに取りに行くと言ってすぐに出て行きました。
パコパコと空気を送り込んで測る方が「より正確」と聞いたことがありますが、そんなに違うのでしょうか。
ワタクシはマッサージを続けました。入院の準備を整え、飼い猫の世話の説明を一通りした後のベットは、明らかに寛いでいました。素人目にも、
「明日の朝まではこのままでいけるだろう。それから主治医の指示を仰げば・・・」
と確信できるほどでした。
意外にも看護士はなかなか戻ってきませんでした。
オフィスまで3分とかからないのに40分近く経ってやっと戻ってきました。
「病院の方が夜の薬の時間だったので・・・」
と簡単に遅れた理由を説明すると、すぐにパコパコやり始めました。
液晶に数字が表示される電動のものと違い、今度は聴診器を耳にしている彼にしか結果がわかりません。
「147、78・・・」
彼が口にした数字は驚くほど低くなっていました。
まさか?!
と思いつつも、ベットは喜色満面。下がりさえすればそれでいいのです。ワタクシもほっと胸を撫で下ろしました。
再びパコパコ・・・
「145、85・・・」
「これなら病院に行かなくてもいいわね。」
ワタクシがそう切り出すと、その言葉尻を拾うように、
「その通り。」
と看護士が応え、ベッドは長かった1日をやっと終えることができそうでした。
「僕は11時で当直が終わるけれど、敷地内の住み込みだからなにかあったら電話を。」
と自宅の電話番号を残し、看護士はにこやかに帰っていきました。
駆けつけてきたときに入院を強く勧めていたのが、嘘のようでした。
けっきょく、ワタクシはベットの家のゲストルームに泊まり、分厚い羽毛布団に包まれて、10時半から翌朝6時まで寝入ってしまいました。途中何度かベットがトイレに立つ気配を感じましたが、一度も呼ばれることなく(多分)、朝を迎えました。
「ほとんど眠れなかったわ。」
というベットですが顔色もよく、これなら大丈夫でしょう。お互い何もなかったことを喜び、固く抱き合っていったん別れました。後で主治医にお供するまでに、朝のシャワーと仕事ができそうでした。
悲喜こもごもな長い夜が明け、ワタクシは前夜を追想しながらクルマを走らせ家に帰りました。
血圧は本当に140台まで下がっていたのでしょうか?
今度あの看護士に会ったら、こっそり聞いてみようと思います。
「やーっと帰ってきたかニャン。どこ行ってたニャン」
「よっこらしょっと」
「家帰るニャン」
長男はロシアで大学教授。長女はロンドンでイギリス人の夫と店を営んでいます。夫は19年前に亡くなり、身近な親族はすでに他界している弟の奥さんである、同じく80代の義理の妹くらいです。
でも、NZではこういう高齢者が珍しくなく、ポリネシアンでない限り子どものところに身を寄せている人はかなり少数ではないかと思います。「身寄り」にあたる英語が簡単には思いつかないほどです。
老人は老夫婦で、連れ合いがこの世を去れば独りで暮らしで、それがかなわなくなればホームに入るのが普通なのです。
ベットは来年90歳ですが2年前にクルマの運転をやめた以外は、なんでも独りででき、目も耳も足腰も頭も、なんら問題がありません。
元々健康なからだに生まれついた幸いに加え、
毎日のウォーキング、
1日スプーン2杯のマヌカハニー、
朝晩のフィッシュオイル(魚油)、
錠剤や果物でのビタミンCの摂取を欠かさず、
肉と油を控え、魚と野菜を多めに摂り、
日曜日の夜とお呼ばれ以外は今でも自炊し、
週1回の手芸教室で仲間と落ち合い、
2週間に1回は漢方マッサージを受け、
毎日決まった友人3人と電話で長話をし、
(1人は間違い電話が縁で知り合った、1度も会ったことがない人)
国会放送を欠かさず観て、
新聞をくまなく読み、
クロスワードパズルをやり、
ガーデニングをして部屋に生花を欠かさず、
飼い猫のブラッシングを日課とし、
毎朝5時には施設内で禁止されているハトの餌付けをこっそりやり、
食器洗い機があるのに皿洗いは自分でやり、
好んで着ているウールを手洗いし、
ダブルベットのベッドメイクを毎朝きちんと済ませ、
1日何度もあちこちから掛かってくる電話に出、
住んでいる施設の会合には欠かさず出席し、
話題の映画があれば観に行き、
お茶よりもコーヒーを愛し、
おしゃれをし、いい靴を履き、
誘われれば飛行機に乗ってでも旅行に行き、
常に前向きで、
自尊心と他人への思いやりを片時も手放さず、
誇り高いキウイとして生きています。
彼女に老人としての躊躇い、諦め(知り合ったときにはすでに運転をやめていました)、甘えなど、後ろ向きなものを一度も感じたことがありません。一緒にいても、
「単に年が違う、歩く速度が遅い友人」
ぐらいにしか感じられないのです。
こんな彼女だからこそ、体調の不良がことさら堪えたのでしょう。
「もう来年は90だから」
というあきらめがない分、
「なぜ血圧が上がってしまったのか?なぜめまいがするのか?
なぜ?なぜ?なぜ?」
と問い詰めていけば行くほど、血圧が上がってしまいそうでした。
看護士は約束どおり1時間後に戻ってきました。
血圧は若干下がったもののほぼ一緒でした。さすがに1時間ではなにも変らないのでしょうか。
「マニュアルの血圧計で測ってみましょう。電動のものより低く出ることもあるので。」
と、彼は思いがけないことを言い出し、オフィスに取りに行くと言ってすぐに出て行きました。
パコパコと空気を送り込んで測る方が「より正確」と聞いたことがありますが、そんなに違うのでしょうか。
ワタクシはマッサージを続けました。入院の準備を整え、飼い猫の世話の説明を一通りした後のベットは、明らかに寛いでいました。素人目にも、
「明日の朝まではこのままでいけるだろう。それから主治医の指示を仰げば・・・」
と確信できるほどでした。
意外にも看護士はなかなか戻ってきませんでした。
オフィスまで3分とかからないのに40分近く経ってやっと戻ってきました。
「病院の方が夜の薬の時間だったので・・・」
と簡単に遅れた理由を説明すると、すぐにパコパコやり始めました。
液晶に数字が表示される電動のものと違い、今度は聴診器を耳にしている彼にしか結果がわかりません。
「147、78・・・」
彼が口にした数字は驚くほど低くなっていました。
まさか?!
と思いつつも、ベットは喜色満面。下がりさえすればそれでいいのです。ワタクシもほっと胸を撫で下ろしました。
再びパコパコ・・・
「145、85・・・」
「これなら病院に行かなくてもいいわね。」
ワタクシがそう切り出すと、その言葉尻を拾うように、
「その通り。」
と看護士が応え、ベッドは長かった1日をやっと終えることができそうでした。
「僕は11時で当直が終わるけれど、敷地内の住み込みだからなにかあったら電話を。」
と自宅の電話番号を残し、看護士はにこやかに帰っていきました。
駆けつけてきたときに入院を強く勧めていたのが、嘘のようでした。
けっきょく、ワタクシはベットの家のゲストルームに泊まり、分厚い羽毛布団に包まれて、10時半から翌朝6時まで寝入ってしまいました。途中何度かベットがトイレに立つ気配を感じましたが、一度も呼ばれることなく(多分)、朝を迎えました。
「ほとんど眠れなかったわ。」
というベットですが顔色もよく、これなら大丈夫でしょう。お互い何もなかったことを喜び、固く抱き合っていったん別れました。後で主治医にお供するまでに、朝のシャワーと仕事ができそうでした。
悲喜こもごもな長い夜が明け、ワタクシは前夜を追想しながらクルマを走らせ家に帰りました。
血圧は本当に140台まで下がっていたのでしょうか?
今度あの看護士に会ったら、こっそり聞いてみようと思います。


