「今日は残りの人生の最初の一日。」出典は知らないが、たぶんアメリカ産の言葉で、彼の地特有のポジティブシンキングの香りが漂う。特定の一日ではなく、任意の一日に使える言葉だが、55歳の誕生日の朝に口にする言葉としてはふさわしいだろう。
かつて、「数え年」という慣習が存在した時代、人々は各人の誕生日ではなく、元日の朝、いっせいに歳を重ねた。「明けましたおめでとう」の言葉にはそうした意味も込められていたはずである。地域共同体が解体し、歳をとるという経験も個人化した。人々は個別の日にひっそりと歳をとることになったが、情報化社会では、個人の誕生日も貴重なデータであり、その結果、加入している生命保険の会社から誕生日おけでとうございますのメッセージが葉書やメールで届いたりする。某生命保険会からのメッセージには私のお誕生年(昭和29年)の出来事として次の5つがあげられていた。
50銭以下の小銭が使用禁止となる。
ビキニ水爆実験で第5福竜丸が被災。
マリリン・モンローさんが、米大リーグ・ジョー・ディマジオ選手と来日。
連発式のパチンコが禁止される。
初の空想科学トリック映画「ゴジラ」封切り。
映画「ゴジラ」はよいと思う。私の子ども時代の思い出としっかり結びついている。マリリン・モンローも「さん」付けが気になるが、まあ、よいとしよう。しかし、あとの3つはバースデー・カードに添えるメッセージとしてはいかがなものか。ほかに何かあるだろう、と思わずツッコミを入れたくなる。たとえば、
大丸百貨店が東京駅八重洲口に進出。
学校給食法公布。
シャープ兄弟と力道山・木村の初のタッグマッチ挙行。
などは時代や世相をよく伝えるものではないだろうか。あるいは、もっと保険の加入者である「大久保孝治」の個人的な関心・興味に特化させて、次のような出来事があがっていたら、私は深く感銘してその保険会社の商品をもっと購入することだろう。
小沼丹「村のエトランジェ」を『文芸』に発表。
ベニス国際映画際で黒沢明『七人の侍』が銀獅子賞を受賞。
福田恒存「平和論の進め方についての疑問」を『中央公論』に発表。
昼から大学へ。久しぶりに「五郎八」の天せいろを食べる。
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4限の「青少年と学校」は弘前大学の高瀬先生の授業で、高瀬先生はこれから毎週末、この講義のために青春18切符を使って上京されるのである。授業の前に教員ロビーでコースナビの使い方などを説明する。教室まで案内しますというと、高瀬先生は最初に私に授業をしてほしいという。どういうことかというと、高瀬先生が先に教室に入って学生に混じって(学生になりすまして)座っていて、私が授業を始めたところを「ちょっと待った!」と大声を上げて、登場するというシナリオを考えているらしい。これ、「みちのくプロレス」のノリである。高瀬先生がプロレスのファンであることは承知しているが、私にそれをやれと。やってくれと。お願いしますと。しかし、遠路はるばるやってきてくれた高瀬先生には申し訳ないが、私はそうした田舎芝居を演じるには、あまりに都会的に洗練された感性の持ち主なのである。高瀬先生も東京のご出身ではあるのだが、東村山だったか、武蔵村山だったか、その辺りの、つまり東京の辺境のご出身で、悲しいかな、山手線の内側のカルチャーというものには疎いのである。私は一応高瀬先生の要望を受け入れたふりをして、最初に教壇に立ち、しかし、授業は行わず、高瀬先生と私の個人的関係、つまり高瀬先生は私が16年前に早稲田大学で教鞭をとりはじめたときの最初の教え子の一人で、今日は彼の早稲田大学デビューが心配で見に来たのだという話をしてから、教室の後ろの方に座っている高瀬先生を紹介した。「ちょっと待った!」の一言を封じられた高瀬先生はご不満であったろうが、師匠が弟子の前座を務めたということで、ご勘弁いただきたい。みんなも、あたたかい目で見てあげてね。
研究室に戻って、先日購入した牛島憲之の版画2点の梱包をほどいて、壁に飾る。無機質な空間と静謐な作品がマッチしていると思う。
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夕食はすき焼。昼間は初夏を思わせる気候で、すき焼はどうかという気がしたが、妻は数日前から今夜はすき焼と決めていたようで、材料一式仕入れていたので、素直に従う。富士山がいつ見ても美しいように、すき焼もいつ食べても美味しいのである。息子から多機能ペン(シャーボX)を、芝居の練習で深夜に帰宅した娘から桜白茶(ホワイトティー)をプレゼントされる。
松本清張原作の「駅路」というTVドラマは大変によかった。役所広司、深津絵里、木村多江らの演技もよかったが、何よりも向田邦子の脚本(それを「北の国から」の杉田成道が脚色・演出)が素晴らしかった。原作にはない、いかにも向田らしいドキッとするような場面やセリフがちりばめられていた。定年直後に失踪した銀行マンと、事件を追う定年間近の刑事の心境が、55歳の誕生日を迎えた私には身にしみた。線路は続くよこれからも。
かつて、「数え年」という慣習が存在した時代、人々は各人の誕生日ではなく、元日の朝、いっせいに歳を重ねた。「明けましたおめでとう」の言葉にはそうした意味も込められていたはずである。地域共同体が解体し、歳をとるという経験も個人化した。人々は個別の日にひっそりと歳をとることになったが、情報化社会では、個人の誕生日も貴重なデータであり、その結果、加入している生命保険の会社から誕生日おけでとうございますのメッセージが葉書やメールで届いたりする。某生命保険会からのメッセージには私のお誕生年(昭和29年)の出来事として次の5つがあげられていた。
50銭以下の小銭が使用禁止となる。
ビキニ水爆実験で第5福竜丸が被災。
マリリン・モンローさんが、米大リーグ・ジョー・ディマジオ選手と来日。
連発式のパチンコが禁止される。
初の空想科学トリック映画「ゴジラ」封切り。
映画「ゴジラ」はよいと思う。私の子ども時代の思い出としっかり結びついている。マリリン・モンローも「さん」付けが気になるが、まあ、よいとしよう。しかし、あとの3つはバースデー・カードに添えるメッセージとしてはいかがなものか。ほかに何かあるだろう、と思わずツッコミを入れたくなる。たとえば、
大丸百貨店が東京駅八重洲口に進出。
学校給食法公布。
シャープ兄弟と力道山・木村の初のタッグマッチ挙行。
などは時代や世相をよく伝えるものではないだろうか。あるいは、もっと保険の加入者である「大久保孝治」の個人的な関心・興味に特化させて、次のような出来事があがっていたら、私は深く感銘してその保険会社の商品をもっと購入することだろう。
小沼丹「村のエトランジェ」を『文芸』に発表。
ベニス国際映画際で黒沢明『七人の侍』が銀獅子賞を受賞。
福田恒存「平和論の進め方についての疑問」を『中央公論』に発表。
昼から大学へ。久しぶりに「五郎八」の天せいろを食べる。
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4限の「青少年と学校」は弘前大学の高瀬先生の授業で、高瀬先生はこれから毎週末、この講義のために青春18切符を使って上京されるのである。授業の前に教員ロビーでコースナビの使い方などを説明する。教室まで案内しますというと、高瀬先生は最初に私に授業をしてほしいという。どういうことかというと、高瀬先生が先に教室に入って学生に混じって(学生になりすまして)座っていて、私が授業を始めたところを「ちょっと待った!」と大声を上げて、登場するというシナリオを考えているらしい。これ、「みちのくプロレス」のノリである。高瀬先生がプロレスのファンであることは承知しているが、私にそれをやれと。やってくれと。お願いしますと。しかし、遠路はるばるやってきてくれた高瀬先生には申し訳ないが、私はそうした田舎芝居を演じるには、あまりに都会的に洗練された感性の持ち主なのである。高瀬先生も東京のご出身ではあるのだが、東村山だったか、武蔵村山だったか、その辺りの、つまり東京の辺境のご出身で、悲しいかな、山手線の内側のカルチャーというものには疎いのである。私は一応高瀬先生の要望を受け入れたふりをして、最初に教壇に立ち、しかし、授業は行わず、高瀬先生と私の個人的関係、つまり高瀬先生は私が16年前に早稲田大学で教鞭をとりはじめたときの最初の教え子の一人で、今日は彼の早稲田大学デビューが心配で見に来たのだという話をしてから、教室の後ろの方に座っている高瀬先生を紹介した。「ちょっと待った!」の一言を封じられた高瀬先生はご不満であったろうが、師匠が弟子の前座を務めたということで、ご勘弁いただきたい。みんなも、あたたかい目で見てあげてね。
研究室に戻って、先日購入した牛島憲之の版画2点の梱包をほどいて、壁に飾る。無機質な空間と静謐な作品がマッチしていると思う。
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夕食はすき焼。昼間は初夏を思わせる気候で、すき焼はどうかという気がしたが、妻は数日前から今夜はすき焼と決めていたようで、材料一式仕入れていたので、素直に従う。富士山がいつ見ても美しいように、すき焼もいつ食べても美味しいのである。息子から多機能ペン(シャーボX)を、芝居の練習で深夜に帰宅した娘から桜白茶(ホワイトティー)をプレゼントされる。
松本清張原作の「駅路」というTVドラマは大変によかった。役所広司、深津絵里、木村多江らの演技もよかったが、何よりも向田邦子の脚本(それを「北の国から」の杉田成道が脚色・演出)が素晴らしかった。原作にはない、いかにも向田らしいドキッとするような場面やセリフがちりばめられていた。定年直後に失踪した銀行マンと、事件を追う定年間近の刑事の心境が、55歳の誕生日を迎えた私には身にしみた。線路は続くよこれからも。