フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月14日(火) 曇りのち雨

2009-04-15 02:58:17 | Weblog
  8時半、起床。ベーコン&エッグ、トースト、アイスティーの朝食。今日の3限の「現代人間論系総合講座1」の講義資料は昨夜のうちにコースナビにアップしたのだが、少し手を入れる(スライドを4枚追加)。計算では90分でピタリ収まるはず。
  昼前に家を出る。AV機器の設定に少々手間取って時間を10分ほどロスしたが、その後、時間を補正して、90分ちょうどで終える。用意してきた話が時間切れになってしまって「では、この続きは来週・・・」というのは私が一番避けたい授業の形なのである。TVドラマで言えば、一話完結。それを心がけている。もちろん一話一話は連結しているわけだが、一話の中での起承転結(プロット)がちゃんとしていないのは気持ちが悪いのである。
  授業を終え、遅い昼食を「ごんべえ」でとる。冷やし忍者うどん(かやくご飯は抜きで)を注文。

         

  「大人の発達心理学」(秋期)を担当されている所正文先生(国士舘大学)から御著書をいただく。
  『働く者の生涯発達心理学』(白桃書房)
  『高齢ドライバー・激増時代』(学文社)

  研究室の電話が鳴った。受話器を取ると、プラチナを買いませんかというセールスだった。「いま部屋でゼミをやっているところなので」と嘘を言って、電話を切る。経験上、これが一番相手があっさりと引き下がってくれる。私は日頃あまり研究室に長い時間いないが(研究室は私にとって授業と授業の合間の楽屋のようなものである)、いるときはかなりの確率でこうした電話がかかってくるから、おそらく研究室でずっと仕事をされている先生はこの手を電話を日に何度も受けているものと思われる。やだ、やだ。
  帰りに、「シネ・ルーブル池袋」で『フィッシュストーリー』を観る。講義の後に映画(とくに娯楽作品)を観るというのはヴィットゲンシュタインから学んだものである。黒川創の小説『かもめの日』と同じく、世界はつながっていることをテーマにした作品だが、『かもめの日』が同時代的なつながりであったのに対して、『フィッシュストーリー』は時代を異にする複数の出来事がつながっている(1975年当時、まったく売れなかったパンクバンド「逆鱗」の曲「フィッシュストーリー」が、めぐりめぐって2012年、人類滅亡の危機を救う!)という物語である。迷走する個人化のゆくえをテーマにした講義の後に観るのにふさわしい、ヒューマンで、しかも笑える、痛快な物語である。

         

  帰宅して、一階の母がとっている朝日新聞の夕刊に目を通していたら、TV欄が読売新聞とは違っていることに気がついた。読売新聞は従来どおりアナログのチャンネル順にTV局が左から右に並んでいるのに対して、朝日新聞ではデジタルのチャンネル順に並んでいるのである。アナログ時代は右端に置かれていたテレビ朝日(10)とテレビ東京(12)がデジタルでは5チャンネルと7チャンネルになり、中央に進出し、その結果、フジテレビが右端に追いやられることになった。朝日新聞がいち早くデジタル優先に切り替えたのは、テレビ朝日の中央進出=フジテレビの追い落としのためではなかろうか。従来の配列に慣れている者の目にはどうもピンとこない。間違えてしまいそうだ。