7時半、起床。
トースト(リンゴジャム)、サラダ(ハム、トマト、レタス)、紅茶の朝食。
11時に家を出て、大学へ。
地下鉄の向かいに座った若い女性がぶ厚い(目測だが500頁はあろう)本を読んでいた。大分読み進んでいて、残りの頁は100頁ほどである。誰も彼もがスマホゾンビになっている昨今、電車の中でぶ厚い本を読んでいる人は目を引く。それは図書館の蔵書印が押されている世界文学全集(たぶん)の一冊で、しかし、こちらに向いている背表紙の文字(作家名とタイトル)を私の視力では判読することができない。何とかして知りたいと少し体を前に乗り出して目を凝らしてみたが読めない。思い切って聞いてみるという手もないわけではないが、隣に座っている人なだまだしも、通路を隔てて向かいの席に座っている人に、「何の本をお読みなのですか?」と尋ねるのはやはり唐突すぎるだろう(以前、私は電車の中で村上春樹の新作を読んでいたら隣に座っていた見知らぬご婦人から「面白いですか?」と聞かれたことがある)。間もなく早稲田駅だ。もし彼女が早稲田の学生であれば、そこで降りるであろうから、ホームで自分が早稲田の教員であることを告げ、彼女の読んでいた本のタイトルを尋ねてみようと思った。しかし、彼女は早稲田駅では降りなかった。彼女が何の本を読んでいたのかは永遠の謎として残った。
ドイツから一時帰国しているユミさん(論系ゼミ一期生、2011年卒)が研究室を訪ねてくる。去年も今日と同じ12月26日に一時帰国中の彼女と会っている。そして去年の今年も彼女が年内最後に会う卒業生である。紅白歌合戦でいえば、二連連続のオオトリである。そういうめぐりあわせのようである。
にもかかわらず私はデジカメを鞄に入れ忘れたてきてしまった。なのでここから先の写真はケータイ(ガラケー)のカメラで撮ったものである。画素は荒く、ピントは甘く、仄明るい光を的確にキャッチできない。それでも彼女のもっている生き生きとした明るい雰囲気は伝えられるだろう。
研究室でしばらく話をしてから、ユミさんの希望で「五郎八」へ昼食を食べに行く。
私は揚げ餅蕎麦(冷製)、彼女は天せいろ。
食後のお茶はこれも彼女の希望で「SKIPA」に飲みに行く。
神楽坂に行く東西線の車内でユミさんが「駅についたときに流れる音楽が変わりましたよね」と言った。えっ、そうなの、気づかなかったな。さらに上りと下りでは音楽が違うという。久しぶりに帰国した人ならではの気づきである。「何の曲?」と私が聞くと、「それがわからないんです」とユミさん。 神楽坂駅で降りて、私には彼女に言った。「駅員さんに尋ねてみたら」。ユミさんは「えっ、ほんとに?」という顔をしたが、私がもう一度うながしたら、改札を出るときに駅員さんに尋ねた。駅員さんはあれこれ調べて(親切な方である)曲名を紙に書いてユミさんに渡してくれた。彼女の言っていた通り、上りと下りでは違う曲がかかっていた。しかも、駅員さんの説明では、これは向谷実という人がメトロのために作曲したもので、駅ごとに曲の違う部分を流していて、始点から終点まで聞くと一曲の作品になるそうである。へぇ、それは凄いね。ユミさんは大いに感激したが、そこには自分の素朴な質問に駅員さんが丁寧に答えてくれたことに対しての感謝の気持ちが大きかったと思う。
聞いてみるものである。私もあの地下鉄の向かいの女性に本をタイトルを尋ねてみるべきだったか。いかに個人化が進んだ社会といえども、いや、個人化が進んでいるからこそ、対話の可能性(あるいは願望)はそこに広がっているとみるべきだろう。
「SKIPA」ではもう一つの「ありふれた奇跡」が待っていた。私たちが座った席の隣にいらしたご夫妻は「SKIPA」の常連だが、その娘さんがドイツに滞在していて、ユミさんがドイツに渡った頃、右も左もわからない彼女のために宙太さんがその娘さんを紹介してくれて、彼の地でユミさんは彼女と会っているのである。のんちゃんがそのご夫妻にユミさんのことを紹介し、ついでに私も「ユミさんの大学時代の先生です」と紹介してくれた。世界はどこかでつながっている」ということを実感した瞬間だった。
私はアイスチャイ、ユミさんはホッとチャイを注文。
「SKIPA」には1時間ほど滞在し、宙太さんとのんちゃんに「よいお年を」の挨拶をして店を出た。
「梅花亭」でお菓子を買って女将さんに「よいお年を」の挨拶をする。
この後、表参道でお母様と会う約束があるユミさんとは、神楽坂から飯田橋まで歩いて、東西線に乗った。彼女は九段下で降りた。
ドイツでの日々は時間がゆっくり進むそうだ。一日があっという間で、一週間もあっという間で、そしてあっという間の年末を迎えているわれわれとは違う時間がそこには流れている。あと一年くらいはいまの生活を続けて、日本に帰って来るつもりだが、海外での経験を生かして職探しという方向ではなく、結婚して家庭をもち、子供を産むという方向でユミさんは帰国後の人生を考えているようである。仕事の方面でやりたいことはとりあえずドイツでやったということのようである。職歴(キャリア)中心で人生を考え、結婚や出産はオプションのように考える風潮の強い現代ではかえって新鮮な印象を受けた。どのような人生をめざすにしろ、一度きりの自分の人生、自分の気持ちに正直に素直であることが大切である。正直に素直に生きることは案外難しいのだ。
夕食はカレーライス(この写真はデジカメです)。