フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

7月25日(日) 晴れ、夜になって雨

2010-07-26 01:53:05 | Weblog

  9時、起床。ソーセージとキャベツの炒め、トースト、牛乳の朝食。

  答案の採点作業始まる。これから試験の科目もあるが、今回、採点する答案は500枚程度になるだろう。一日中、答案の採点というのも気が滅入るので、1日100枚見当で、他の仕事の合間にやることにしよう。よく学生から受ける質問に「先生方は答案をちゃんと読んでいるのですか?」というのがある。ちゃんと読んでるに決まっているではないか。答案を読まないで採点する(成績を付ける)方法があるのかと逆に聞きたいものである。小雀に聞くわけにもいかない(どれも「チュン(中)」とのご宣託なので判別には役に立たない)。

  昼食はカップヌードル。たまに食べると美味しい気がする。昼寝をしてからジムへ行く。筋トレ2セットと有酸素運動(クロストレーナー)20分。ジムの後は、「緑のコーヒー豆」で一服。アイスカフェオレを飲んでから、お替りのホットコーヒー(100円)を飲む。店内のラジオからスピッツの「君が思い出になる前に」が流れてきた。好きな曲だ。♪君が思い出になる前にもう一度笑ってみせて・・・こんな言葉をどこかで使ってみたいものである。


7月24日(土) 晴れ

2010-07-25 00:20:40 | Weblog

  9時、起床。ドライカレーと冷麦茶の朝食。今日も暑いことには変りはないが、雲は多めで、天気予報では明日は雨の確率が高い。「梅雨明け十日」というけれど、確かにそうだな。

  昼食は稲荷ずし、海苔巻き、天むす。少し昼寝をしてから、大学へ出かける。講義「青少年と学校」をお願いしている高瀬先生の今日は最後の授業なので、会ってお礼を言うためである。文化構想学部の立ち上げ準備をしているときに非常勤講師のお願いをして、その後、高瀬先生の弘前大学への就職が決まり、さてどうしたものかと迷ったのだが、「母校の教壇に立てることはとても光栄なことです」と言っていただけたので、週に一度の遠距離通勤をお願いすることにした。実家が武蔵村山なので宿泊費の負担はなかったものの、交通費は大学の規定で一部しかお出しできず、給与と差し引き足が出たであろうことは間違いない。2年間、どうもありがとうございました。教員ロビーで少し話をしてから、「maruharu」でサンドウィッチと冷たい飲み物(一杯目はフレッシュピーチティー、二杯目はアイスカフェオレ)でささやかな慰労の会。

  帰りの電車の中で、吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』(中公文庫)を読む。ここ数日、電車の中でこの小説を読んでいる。サンドウィッチと映画の話が中心の小説で、読んでいてとても気分がいい。たとえば、主人公の青年が「3」(トロア)のサンドウィッチを初めて食べる場面はこんなふうだ。

  「そのサンドイッチを、僕は自分にとっての最高の場所―つまり隣駅の映画館の闇の中で食べることに決めた。上映中のプログラムはすでに三度目だったが、そんなことはとりあえずどうでもいい。
  なるべく紙袋の音をたてないよう、手さぐりで中のものを取り出し、手にした順にそのまま食べてゆくことにした。暗いので、口にするまでは、ハムなのか、きゅうりなのか、じゃがいもなのかわからない。売店で買った缶コーヒーのフタを「ぷしり」とあけ、スクリーンから目を離さないよう、手にしたものをかぶりとやってみた。
  ところが、それがハムでも、きゅうりでも、じゃがいもでもない味で、思わず手の中のものをまじまじと見ると、ちょうどスクリーンが明るいシーンになって、手もとがぼんやり浮かび上がってきた。
  じゃがいものサラダ。
  が、口の中には、じゃがいものサラダより数段まよやかな甘味がある。
  目はいちおうスクリーンを見ていたが、意識の方はすべて舌にもっていかれ、そのまろやかさが何に似ているか、懸命に記憶を探って言い当てようとしてみた。
  でも、うまく言えない。とにかく、非常においしいもの。しいて言えば―本当にしいて言えば―本物の栗を練ってつくられたモンブラン・ケーキのクリーム。
  いや、あれほど甘くはなく、もっと歯応えがある。
  それにしても三度目だからよかったようなものの、サンドイッチの袋をあけてからはまるで映画が頭に入らなくて、ハムの香りに驚き、きゅうりの口あたりに魅了され、ついにマダムの分まで手をつけて、すべて食べつくしてしまった。
  映画に夢中になるあまり、何を食べたのか覚えていないことは何度かあったが、サンドイッチに夢中になってスクリーンが霞むなんて信じなれない。
  ―なかなかおいしいわよ。
  マダムの声がまだどこからか聞こえてきた。
  いや、「なかなか」どころか、僕には人生が変わってしまうほどの味だった。」(19-20頁)

  この場面は他人事とは思えない。「maruharu」のサンドウィッチを初めて食べたときの私がこんな感じだったからだ。これから「maruharu」へ行く人のためにアドバイス。(1)「本日のサンドウィッチ」がまだ売り切れでなかったらそれを注文すること。一期一会の味である。(2)「お持ち帰りですか、ここで召し上がりますか」と聞かれたら、「ここで」と答えること。(3)聞かれなくても「トーストでお願いします」と注文すること(持ち帰りでなく「ここで」食べるのはトーストで食べるためである)。(4)「本日のスープ」も一緒に注文するとよい。(5)時間とお金に余裕のあるときは食後に冷たい飲み物を注文するとよい。
  蒲田に着いて、「テラス・ドルチェ」に寄って、メロンクリーム・ソーダを飲みながら、書き物をする。今日の文字はていねいに書けている。7時過ぎに帰宅。


マジックアワー


7月23日(金) 晴れ

2010-07-24 12:34:24 | Weblog

  8時半、起床。シャワーを浴びて、目玉焼き、トースト、アイスカフェオレの朝食。

  午後から大学へ。4限は講義「日常生活の社会学」の試験。今回の出題は例年とは方式を変えてみた。例年は大問を3つ4つ出題して、その中から1つを選ばせて、それについて長文で(解答用紙の裏面まで使ってもよし)解答するという形式だった。今回は小問を4つ出題して、その全部に各200字程度で解答してもらうという形式にした。授業でやった範囲を広く(しかし必ずしも浅くではなく)理解している学生向きの出題である。回収した解答用紙の中に、名前も学籍番号も記入されていなものが一枚あった。この解答用紙を提出した学生は後日成績表に「H」(未受験)と記載されていることに気づいて、問い合わせをしてくるであろう。
  5限はS君の卒業研究の指導。途中で場所を研究室から「maruharu」に移して行う。夏休み中に全体の構成(章立案)を作ってメールで送ってくるようにとの宿題を課す。
  6限はゼミ(3年生クラス)。合宿で読む(報告する)文献についての説明。宇野重規『<私>時代のデモクラシー』(岩波新書)を共通テキストとして、そこで言及されている以下の参考文献をみんなで分担して読んでくるというもの。上野千鶴子『<私>探しゲーム―欲望私民社会論』、ジークムント・バウマン『リキッド・モダニティ―液状化する社会』、ファリード・ザカリア『アメリカ後の社会』、苅谷剛彦『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会へ』、宮本太郎『社会福祉―日本の生活保障とデモクラシー』、ウリッヒ・ベック『危険社会』、ロベール・カステロ『社会問題の変容』、ピエール・ロザンヴァロン『連帯の新たなる哲学―福祉国家再考』、ジル・リボヴェツキー『空虚の時代―現代個人主義考』、クリストファー・ラッシュ『ナルシシズムの時代』、春日直樹『<遅れ>の思考―ポスト近代を生きる』、ロバート・ベラー『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』、リチャード・セネット『それでも資本主義についていくか―アメリカ型経営と個人の衝突』、鷲田清一『「待つ」ということ』、アンソニー・ギデンズ『モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会』・・・など。3年生は読書の夏だ。どこにでかけるときも、鞄の中には読みかけの本が入っている、というライフスタイルを身につけること。
  7限もゼミ(4年生クラス)。ライフストーリーインタビュー調査の打ち合わせ。8月中に1人1ケースの調査を実施する。4年生は対話の夏だ。


今日のスイーツ(4年生)はベーグル

  10時半、帰宅。一週間が終った、やれやれ、と思っていたら、書斎で「事件」発生。小雀がコーヒーカップの中に落ちたのである。机の上の書類の山の上に乗っていた小雀が、少したわんだ書類の端から滑り落ちて、その下に置いてあったコーヒーカップの中にスポンと入ってしまった。幸い熱湯ではなく、少し冷めてお風呂程度の温度であったので、火傷することはなかったが、全身コーヒーに浸かってしまった。洗面所に連れて行って、水で洗ってやる。ふだん水浴びはしないので、「わぉ、びしゃびしゃでんがな」(なぜか関西弁)という感じで、面食らっていた。


事件現場


またもや九死に一生


7月22日(木) 晴れ、深夜に驟雨

2010-07-23 12:06:45 | Weblog

  9時、起床。ハム、チーズ、レタス、トースト、牛乳の朝食。メールで提出されてくる演習のレポートをチェックし、PDFファイルに変換する(コースナビ上にアップして全員が全員のレポートを読めるようにする)。明日の講義「日常生活の社会学」の試験問題を作成する。う~ん、これは難しいかも・・・というのは嘘で、ちゃんと授業に出ていればお茶の子さいさいの問題である。

  昼食にざる蕎麦を食べて、午後から大学へ。
  4限は大学院の演習(最終回)。小倉康嗣の博士論文『高齢化社会と日本人の生き方 岐路に立つ現代中年のライフストーリー』(慶応義塾大学出版会)を読了。大部の本だったが、前期で切りよく読み終えることができた。「補論一」の「社会学を生きる―私に刺さった「棘」と社会学―」は短い文章だが、実存的な内容で読み応えがあった。

  「人は追い詰められ苦しんでいるとき、じつはとても小さな固定化された枠の中でもがいたりする。だがちょっと視点をずらして見てみると、その枠の外にはさまざまな隙間や居場所があり、大海原が広がっている。社会学はそれを気づかせてくれる学問である。だから自分自身の身体(経験)をそこに入れ込んでみよう。たんなる「知識」ではなく、自分自身が生きていくための「知恵」として考えていこう。他者や社会への想像力も、案外そこから生まれてくるはずだ。」(498頁)

  彼にとっての「棘」、それは自分がゲイであることだった。

  「ふと思い出しただけでもいろんな記憶がよみがえってくる。ある日、親友とテレビを見ていたとき、同性愛のタレントが出てきた。そのとき親友は、「こいつゲイボーイって言うとばい。気色悪かぁ!」―すかさずそう言った。そのとき私は、親友からも抹殺される存在なんだなぁと思った。当時、本当はなんでも話せる悪ガキ仲間がほしかったが、シモネタで仲間意識をつくれない自分がいた。嫌悪感を抱きつつ優等生を演じることで、かろうじて学校のなかでの自分の居場所を確保していた私は、毎日吐き気をもよおしながらも「勤勉に」学校に通っていた。その一方で、そんな自分をさとられたくなくて、いつもつくり笑いをしているような少年だった。
  (中略)
  家族という親密性の城塞にも自分の居場所を見出すことはできなかった。サラリーマンの父、専業主婦の母という典型的な近代家族のなかで育った私は、結婚して子どもを持って一人前という会社社会の価値観に染まっていた。だが将来、父のようなサラリーマンというライフスタイルを生きていくことはできない。かといって、それ以外の生き方を当時の私は知らなかった。自分には家族を形成する機会を持つことも許されず、もはや大人社会のなかで生きていくすべはないと思った。むろん、親に自分のセクシュアリティを明かすことなど到底できない。親を絶望に追い込むであろうことが、十代の少年にも痛いほどわかっていたからである。
  自分の名前に対しても葛藤があった。私の名前は「康嗣」(やすつぐ)という。康嗣の「嗣」は、「世継ぎ」の「嗣」である。長男である私に、祖父が付けてくれた名前だ。孫思いの立派な祖父の、私が小さいころからの口癖は、「しっかり勉強して、立派な大人になって、いい嫁さんをもらって、小倉家の跡をしっかり継いでくれよ」だった。だが祖父の期待にこたえて結婚するのであれば、自分を偽りつづけて生きていかなければならない。そんな将来に希望を持てない私は、「あぁ、結婚できない自分は小倉家を途絶えさせてしまう。生まれてきちゃいけない人間だったんだ」と思えた。名前が重かった。」(499-500頁)

  十代の少年が、誰にも悩みを打ち明けられずに、自分のことを「生まれてきちゃいけない人間だったんだ」と思っている。いたましいとしか言いようがない。しかし、時代は動いていった。ゲイであることを自ら語る人々の存在をメディアを通して彼は知るようになる。

  「自分に刺さった「棘」にフタをせず、その「棘」を一生懸命に生きると、社会を相対化する眼が見開かれてくる。みずからの人生、そしてみずからが生きる社会は、わが身でつくっていくだとうい深い了解が生まれる。そこから新たな生き方づくり・社会づくりへの模索が始まる。そしてさらにそれは、試行錯誤しながらの下からの社会生成ことが力を持つ時代状況とシンクロすることがわかってくる。
  この一連の過程のなかで、生きてちゃいけない人間だと思っていた自分が、生きてていいんだと思えるようになった。そして現在は、生かされているという感覚が強く私のなかに生成している。それは、私自身のひとつのエイジング・プロセスであると言えるが、同時にそれは私の社会学人生の底流でもある。」(501-502頁)

  演習の唯一の受講生であるSさんが、私に質問した。「先生にとっての「棘」は何ですか?」―予想された質問である。「それはね」、と私は一呼吸置いて、観念したように言った、「自分が地球人ではないということなんだ」。Sさんはケタケタと笑った。予想された反応だった。やはり告白すべきではなかったな、と私は思った。「BOSS」の缶コーヒーが飲みたくなった。

  「maruharu」でハムカツとタマゴのサンドウィッチ、アイスカフェオレ。今日は私を入れて男ばかり5人がカウンターに並んだ。きわめて珍しい光景である。穴八幡の境内を通って大学に戻る。



うん

  6限は演習「現代人と家族」(最終回)。プリントアウトしたレポートを提出してもらいながら、自分のレポートのテーマの説明そして宣伝をしてもらう。レポートというのは、とにかく所定の字数を埋めて出せばいいというものではなく、読者を想定して、読者をいかに説得するか、いかに面白がらせるか、そのために構成を考え、論理やレトリックを駆使して書くものである。だから書き上げたレポートは「ぜひ読んでみてください」と人に言えるものでなくてはならない。そういう気構えでレポートに取り組んでいけば、必ず腕は上がるものである。
  この演習のテーマは「現代家族」であったが、一番相対化の難しいのが家族である。一番身近なものが実は一番手ごわいのである。家族とはそれぞれの人にとっての「棘」のようなものであるからだ。
  石黒先生と「メーヤウ」で夕食。タイ風カントリーカリー(★3つ)を初めて注文したが、辛かった。同じ★3つのインド風ポークカリーと同じレベルとは思えなかった。★3.5ではなかろうか。ラッシーの力を借りて完食。


  あゆみ書房で以下の本を購入。電車の中で読み、蒲田に着いてから、「シャノアール」でも読む。

  吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』(中公文庫)
  エンツォ・トラヴェルソン『全体主義』(平凡社新書)
  『シリーズ日本の近現代史⑩ 日本の近現代史をどう見るか』(岩波新書)
  山口謡司『ん』(新潮新書) 


カントリーカリーの辛さをアイスココアで払拭する


7月21日(水) 晴れ

2010-07-22 10:41:47 | Weblog

  9時、起床。熱帯夜だった。妻は暑くて何度か目が覚めたというが、私はそんなことはなかった。寒くて目が覚めるということはあっても、暑くて目が覚めるというのはない。たぶん水分をたっぷりとっているからだろう。今日は猛暑日になるらしい。「もー、しょーがんない人ね、本当に」とつぶやいてみる。シチュー、トースト、オレンジジュースの朝食。


薄い電卓の上の小雀

  昼から大学へ。1時から二文の社会・人間系専修委員会。今年度から現代人間論系の主任がこちらの主任も兼ねることになった。来年度の開講科目(演習)の相談。
  2時から教授会。終了は6時をちょっと回ったあたり。現教務による最後の教授会であった。お疲れ様でした。
  帰りの電車の中で、大澤真幸「<虚構の時代>における/を越える村上春樹」を読む。見田宗介が呈示した戦後日本の歴史区分、「理想の時代」→「夢の時代」→「虚構の時代」を大澤流にアレンジして継承した「理想の時代」→「虚構の時代」→「不可能性の時代」を用いての『1Q84』の分析である。蒲田に着いて、「緑のコーヒー豆」に寄って、最後まで読んでから帰宅。


蒲田夕景

  今日は基礎講義のレポートの締切日。24時になるのを待って、レポートの採点にとりかかる。現代人間論系へのレポートは350本。そのうち私のコンテンツへのものは80数本。3時までかかって全部の採点を終らせる。これから講義(2つ)の教場試験と演習(2つ)レポートの採点が控えているので、遅滞は禁物である。モーレツに、高度成長的に頑張って、採点作業に取り組まねばならない。