ここのところの激しい慌しさは新年度ということで訪れた変化と
春の変化の中でも珈琲に少しでも安らぎを求める方の増加とにわかに
増えた路地を訪れる観光客の増加によりもたらされたようです。
プライベートでは親族の葬儀とか最近多い儀式的な行事に出て年々
宗教行事から個人的儀式に近づいているという感慨を持ちました。
そのうち葬式自体意味がないとみんな認識しだすのではないでしょうか。
人手不足で物が値上がりしたとニュースなどでいわれていますが、
地方にいると確かに人口減を身近に感じるものの都心や大都市部と
その周辺の住宅地は年々開発がされ都市の利便性を感じる人やその必要性を
抱く人がいる限り今後も人手不足と物価はひとつの関わり合いを見せつづける
でしょう。
一方都会から田舎に定年を機に移転する人も最近は多く、それにつられて
若者も地方で夢をかなえる人が出てきています。
地方ではそんな変化に疎く何ら受け入れ対策やら新しい地方のビジョンには
明確なものもなく増えて、せっかくの機会も逃している例を見かけます。
最近は野菜は大規模農家が山の奥でレタスやキャベツを作るプロの集団と
工場で作る野菜ばかりになっていてかつての様な地場の路地ものというのが
極端に少なくなっているようです。
農家の高齢化で野菜は手間ばかりかかってお金にならないということと重いので
収穫できないなど本来流通すべきものが市場に出てこない状況があります。
耕作放棄地も年々増えています。こういうのも地域社会で管理して地域の野菜
とか農産物をより流通させる努力が今後必要になるでしょう。行政もかつての
ようなゼネコンや工務店に仕事を流してお終いの富の再分配に新たな検証と
意味づけ求められていくでしょう。慌しい中、新しい豆の手当てがつきました。
届き次第ご報告します。