伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

武器としての交渉思考

2013-05-12 18:03:56 | 実用書・ビジネス書
 著者が京都大学で学生相手に行っている交渉論の授業をまとめた本。
 交渉論としては、スタンダードな教科書類に書かれていること、例えば相手の提案を呑む以外の選択肢で最もよいもの(BATNA:Best Alternative to Negotiated Agreement)を自分と相手方について常に検討する、言い換えれば様々な情報を収集しつつ交渉が決裂した場合にどうなるかを考える、その結果として合意可能な範囲(ZOPA:Zone of Possible Agreement)を考え決定する、相手のZOPAを考えつつ最初の提案をふっかけ(アンカリング)、そこから上手な譲歩を見せるというようなことを説明しています。このあたりは、他の交渉学の教科書を読んでいれば目新しいことはほとんどありません。出てくる例も半分くらいは聞いたことのあるものです。引用文献は表示されていませんが、仕事柄大丈夫かなとちょっと不安に思います。あまりにスタンダードな内容だから特にどの本ということでもないということで済むのかもしれませんが。教科書よりは砕けた文体で親しみやすいことが持ち味でしょうか。
 交渉論関係の本は、現実に交渉を仕事にしている身からすると、読むことで思考の幅を拡げ場面に応じて使える材料の引き出しを増やすという意味があり、もちろん勉強にはなりますが、読んだから現実に交渉がすぐに巧くなるというものではありません。現実の交渉場面は本に書かれているような単純なことは稀ですから。その意味では、頭の体操や勉強の足がかりくらいの位置づけで読むには手頃かもしれません。
 冒頭の、交渉を身につけ、媚びるのではなく投資の対象と見られるようにしてエスタブリッシュメントの支援を受けることで世の中を変えられるという檄が、一番読み応えがあったりするかなと思いました。しかし、そのことも、そして著者が最後に、この本を読んだらすぐに動け、読んだみなさんが明日からも同じ生活を送るのでは意味がないと叫んでいるのも、本を書く人はそういう熱意で書くものでしょうけど、それを真に受けるのはまさしく「自己責任」です。この本を読んだら自分も交渉の達人なんて思うのだけはやめた方がいいと思います。
 デモなんかいくらやっても世の中を変えられないという「反対運動」を敵視しがちな価値観(例えば111~115ページ)、東京ディズニーランドのファストパスをお金で買えるようにすれば購入者は「お金」を失うことで「時間」を得ることができるのでフェアだと思う(262~263ページ)などに見られる金銭重視の価値観など(理屈そのものよりもこの言い方から読み取れる価値観)は、私には「さすが、マッキンゼー出身」と揶揄したくなるいやらしさを感じます。


瀧本哲史 星海社新書 2012年6月25日発行
コメント
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