伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦

2013-06-11 23:16:03 | 自然科学・工学系
 人間の記憶の仕組みについて、分子レベルでの研究から解説した本。
 著者の説明によれば、脳科学は現在なお究極のフロンティア、これからガリレオやニュートンが現れようとしている状態(13~15ページ)で、急速にいろいろなことがわかりつつあるがブレイクスルーはこれから、わからないことがあまりに多いとのことです。半年かせいぜい2年以内の記憶は思い出すのに脳の「海馬」が必要(海馬依存的)なのに対して、それ以上前の記憶は思い出すのに海馬は必要でない(海馬比依存的)。記憶の貯蔵場所は、まだはっきりしないが、最近の記憶は海馬に蓄えられ、古い記憶は種類ごとに大脳皮質に移されるらしい(22~25ページ)。海馬に蓄えられた記憶が大脳皮質に移されるのには海馬での神経の新生が関係しているらしい(54~57ページ)。といった具合に、脳科学での最近の実験・検証の成果が語られています。
 記憶は脳内のニューロン(神経細胞)の集団の組み合わせ(シナプス結合)として符号化されて蓄積されるという有名な仮説(セルアセンブリ仮説)は1949年に提唱されながら長らく実証されなかったが最近になって実証されたということが少し詳しく情熱的に説明されています(29~41ページ)。一般書では、実験について引用するとき、実験条件や実験結果と論証のロジックがあまりきちんと説明されていないことが多く、そのときは本当に実証されたのかなぁなんて思いが残るのですが、詳しく書かれるとまた、例えば特定の記憶に関わるニューロンを光刺激することでその記憶(恐怖)を再現できた(マウスがすくみ反応をした)から実証されたという実験の説明(38~41ページ)を読んでいると、その光刺激のためにマウスの海馬にグラスファイバーを入れてレーザー発光させることそのものでマウスがすくむってことはないんでしょうねとか、茶々を入れたくなってしまいます。
 大人の脳では神経は分裂しない(ニューロンは新生しない:増えない)というのは、わりと世間一般で常識的な知識とされていますが、これは19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したカハールという偉大な学者がそう断言したので誰もそれを疑わなかった(今では「カハールのドグマ」と呼ばれているとか)が、それは誤りで、1998年には人間の大人の脳でもニューロンが分裂して増えていることが確認されているそうです(51~54ページ)。
 PTSDの重篤化はトラウマ記憶と他の体験が結びつけられることで生じやすいと考えられるので、トラウマ記憶を海馬から早く大脳皮質に移してしまうことで他の記憶との結合が回避されやすいと考えた著者らが、神経新生を促進するためにトラウマ体験のある患者にDHAとEPAを3か月間服用してもらったところ、PTSDの発症率が有意に減少したと報告しています(64~67ページ)。著者自身、実験上の限界からまだ効果があると断定できないと述べていますが、興味深い話です。
 アイディアが閃くのはリラックスしているときで、アメリカ人は研究者だけでなく官僚もそれを心得ているのでアメリカの研究関連のミーティングはリゾート地で開催されることが多い、しかし最近の日本では無駄遣いはまかりならん、温泉などもってのほかという風潮が強い、「こんなことをやっていたら閃きなど出ない、日本のサイエンスはつぶれるぞ」と憤慨する著者(60~64ページ)には、その他のことも含めてですが、是非頑張って欲しいなと思います。


井ノ口馨 岩波科学ライブラリー 2013年5月9日発行
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