伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

「尖閣問題」とは何か

2013-06-01 19:31:16 | 人文・社会科学系
 尖閣諸島を含む領土問題についての歴史的経緯を指摘し著者の考える解決策を説明する本。
 尖閣諸島問題を論ずる前に「ことが領土問題となると、いかに人が住めないような岩礁であっても、伝統的な主権国家の『排他性』のイメージが鮮明に浮かび上がり、『獲るか獲られるか』という『ゼロサム』的な感情によって両国の世論は一気に沸騰することになる。そこでは、『弱腰だ、強腰だ』とか、『なめるな、なめられるな』といった『子供の喧嘩』のような言辞が、政界や大手メディアにおいても、恥ずかしげもなく『日常の言語』に化してしまう。したがって領土問題は、国内矛盾を外部に転嫁しようとする国家権力にとってはもちろん、『扇動型政治家』にとっても格好のターゲットとなる」(3ページ)という指摘が、まったくその通りと思えます。この本は、石原都知事の尖閣諸島購入発言とその後の騒動への危機感から執筆されていて、石原都知事への評価はやや感情的な感じはしますが、中国を挑発して日中対立を煽り軍事衝突の危機を現実化して米軍による解決をもくろんだ石原都知事の行動が、米中関係を重視するアメリカの中立姿勢を変えられず、むしろ中国が石原都知事らの挑発を逆手にとって尖閣諸島問題を国際問題化する方策に打って出てある程度それに成功してしまったという指摘(6~17ページ)は、なるほどと思います。領土問題で外国を挑発して領土問題を深刻化させ結局は日本に不利な状況を生じさせ、しかも戦前戦中の歴史認識などの問題でアジア諸国に対する挑発を繰り返して周辺諸国民の感情を逆なでして領土問題で日本に味方する国を減らし領土問題をこじらせて、それで自分の人気を集めようとする右翼政治家は、純粋に領土問題に限定して考えても日本の国益に反して自己の利益を追求しているわけで、言葉の本来の意味で「売国奴」だと思えます。
 現在日本が北方領土、竹島、尖閣諸島と3つの領土問題を抱えていることについて、著者は、アメリカの戦略に注目する必要を説いています。北方領土については、当時日本政府もサンフランシスコ講和条約で放棄した千島列島には国後島、択捉島も含まれると考えていて、1956年7月、日ソ交渉の過程で重光外相は歯舞・色丹両島の返還で平和条約を締結することを決意していたのに、8月19日のダレス国務長官との会談で日本が2島返還で手を打つならアメリカは永遠に沖縄にとどまるといわれて日本政府は4島返還を国是としてかかげるようになった、アメリカの目的は冷戦を背景に日本とソ連の間に火種を残し米軍の駐留を正当化することにあったと指摘されています(97~109ページ)。尖閣諸島は、アメリカの占領下で沖縄と一体に区分され、占領中から久場島と大正島が米海軍の射爆撃場とされ現実には30年以上もまったく使用されていないのに返還されておらず日本人は米軍の許可がなければ立ち入れない状態で、アメリカは尖閣諸島が沖縄に属することは十分に認識しているにもかかわらず、中国が尖閣諸島領有をいいだした1971年以降「中立の立場」を取っており、それは日中間に火種を残すことで米軍の駐留を正当化する目的であったと指摘されています(64ページ)。なお、久場島、大正島の米軍の射爆撃場使用に関する海上保安庁の文書や政府の答弁書では久場島が「黄尾嶼射爆撃場」、大正島が「赤尾嶼射爆撃場」と中国名で書かれている(80ページ、86~87ページ)というのも驚きというか、日本政府は本気で領有を主張したいんだろうかと疑ってしまいます。
 著者は、歴史的経緯から、北方領土も竹島も尖閣諸島も日本の領土であるということを前提としつつ、同時に3つの領土問題を抱えることの外交上の不利と、戦後処理をアジア諸国の国民感情レベルでなお解決できていないという状況、また竹島についてはアメリカの地名委員会が韓国領と判断していて(134ページ)アメリカの協力を得がたいことを考慮して、中国の脅威への対抗を優先して、竹島は漁業権を確保した上で譲渡ないし放棄、北方領土は2島返還で解決して周辺諸国との関係を改善して外交的に中国包囲網を作るべきと提案しています。どの程度の現実性があるかはわかりませんが、対立を煽るだけの感情論から離れたところで議論する一つの考えとして評価しておきたいと思います。


豊下楢彦 岩波現代文庫 2012年11月16日発行
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