伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

死刑囚弁護人

2013-06-28 21:30:43 | ノンフィクション
 アメリカでも突出して死刑執行が多いテキサス州で死刑囚の弁護をする非営利事務所で100人以上の死刑囚を弁護してきた元弁護士が、死刑囚弁護の現実を語るノンフィクション。
 作品としては、最初の方は、いくつかの死刑囚のケースをつぎはぎしつつ、仕事上の都合で息子との約束を果たせず妻に批判され、他方で同業者だった妻の理解と抱擁に慰められる家庭生活を描いて、著者の日常スタイルを固めた上で、後半は無実を主張する死刑囚ヘンリー・クエーカーのケースに収斂していきます。前半は少し散漫な感じがしますが、後半はリーガル・サスペンス小説さながらの展開で一気読みしたくなります。
 1審で死刑が宣告された死刑囚の弁護という、頑張れば頑張るほど世間とマスコミに嫌われるとともに、自分の弁護活動に人の命が直接にかかっているというプレッシャーがかかるとてつもなくストレスを受ける業務を、長年にわたり多くは複数件を同時並行でこなしてきた著者の職人魂にまず脱帽です。
 負けるのが当たり前の死刑囚弁護で、大半が無駄な手続と書類作成を執念深く繰り返し、ギリギリまでまだ何かできることがあるか、忘れていることはないかと自らに問い返し続ける徒労感・絶望感と胃が痛くなるような焦燥感の描写は、同業者として身につまされます。業務の都合で家族との約束をすっぽかし恨まれる下りは多くの弁護士が身に覚えのあるところと思えますが、それでも理解を示し深い愛情を注いでくれる元弁護士の妻に慰められるシーンが多々あるのは多くの弁護士には夢のような…死刑囚とかの事件関係者については守秘義務の関係で設定を変え事実関係も複数を組み合わせるなどしているでしょうけど、家族については実名のようです(謝辞と同じですし)から、現実にはあったであろう修羅場が相当に省略されているだろうと想像しますけど。
 ノンフィクションとして気になるのは、著者が、弁護する死刑囚の死刑執行停止を担当する女性裁判官から誘惑されるシーン。ホテルのバーに呼び出され、部屋の鍵まで示され、「来て」と彼女は囁いた。幸か不幸か、私にはそういう経験はとんとないが、もしこういう局面に立たされたらどうするだろう。このシーンの中で著者も「私は、自分自身のために命乞いをすることはないと思う。しかし、生き延びるべき人間のためにだったら懇願するだろう」と引き合いに出しているように(240ページ)、弁護士は、依頼者の運命を人質にされると、とても弱い。その申立が退けられれば依頼者の死刑が執行されるという申立を担当する裁判官の不興を買うようなことができるだろうか。
 司法制度と司法文化に違いはありますが、弁護士としては、共感し身につまされ考えさせられるところの多い1冊でした。


原題:THE AUTOBIOGRAPHY OF AN EXECUTION
デイヴィッド・ダウ 訳:鈴木淑美、増子久美
河出書房新社 2012年8月30日発行 (原書は2010年)
コメント
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