伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

武器としての交渉思考

2013-05-12 18:03:56 | 実用書・ビジネス書
 著者が京都大学で学生相手に行っている交渉論の授業をまとめた本。
 交渉論としては、スタンダードな教科書類に書かれていること、例えば相手の提案を呑む以外の選択肢で最もよいもの(BATNA:Best Alternative to Negotiated Agreement)を自分と相手方について常に検討する、言い換えれば様々な情報を収集しつつ交渉が決裂した場合にどうなるかを考える、その結果として合意可能な範囲(ZOPA:Zone of Possible Agreement)を考え決定する、相手のZOPAを考えつつ最初の提案をふっかけ(アンカリング)、そこから上手な譲歩を見せるというようなことを説明しています。このあたりは、他の交渉学の教科書を読んでいれば目新しいことはほとんどありません。出てくる例も半分くらいは聞いたことのあるものです。引用文献は表示されていませんが、仕事柄大丈夫かなとちょっと不安に思います。あまりにスタンダードな内容だから特にどの本ということでもないということで済むのかもしれませんが。教科書よりは砕けた文体で親しみやすいことが持ち味でしょうか。
 交渉論関係の本は、現実に交渉を仕事にしている身からすると、読むことで思考の幅を拡げ場面に応じて使える材料の引き出しを増やすという意味があり、もちろん勉強にはなりますが、読んだから現実に交渉がすぐに巧くなるというものではありません。現実の交渉場面は本に書かれているような単純なことは稀ですから。その意味では、頭の体操や勉強の足がかりくらいの位置づけで読むには手頃かもしれません。
 冒頭の、交渉を身につけ、媚びるのではなく投資の対象と見られるようにしてエスタブリッシュメントの支援を受けることで世の中を変えられるという檄が、一番読み応えがあったりするかなと思いました。しかし、そのことも、そして著者が最後に、この本を読んだらすぐに動け、読んだみなさんが明日からも同じ生活を送るのでは意味がないと叫んでいるのも、本を書く人はそういう熱意で書くものでしょうけど、それを真に受けるのはまさしく「自己責任」です。この本を読んだら自分も交渉の達人なんて思うのだけはやめた方がいいと思います。
 デモなんかいくらやっても世の中を変えられないという「反対運動」を敵視しがちな価値観(例えば111~115ページ)、東京ディズニーランドのファストパスをお金で買えるようにすれば購入者は「お金」を失うことで「時間」を得ることができるのでフェアだと思う(262~263ページ)などに見られる金銭重視の価値観など(理屈そのものよりもこの言い方から読み取れる価値観)は、私には「さすが、マッキンゼー出身」と揶揄したくなるいやらしさを感じます。


瀧本哲史 星海社新書 2012年6月25日発行
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偉大なギャツビー

2013-05-11 23:19:24 | 小説
 5年前に18歳の富豪の娘デイズィと恋仲になり任務で離ればなれになりその後デイズィが富豪の息子トムと結婚をし子を産みロングアイランドに住んでいることを知った元軍人のギャツビーが、いかがわしいビジネスで稼ぎロングアイランドに豪邸を買って夜な夜なパーティーを開いてデイズィが現れるのを待ち、ついに再会するというストーリーの青春小説。
 解説によれば「20世紀の最高傑作と呼ばれてもおかしくない作品」だとか。
 この小説のクライマックスというか、一番の読ませどころは、既に結婚して一児をもうけている人妻のデイズィを追い求め、「過去は繰り返せる」と信じ込み、デイズィを説得してトムを愛したことはないと言わせ離婚させてデイズィを奪い去ろうともくろむギャツビーの説得が功を奏するか、デイズィの心の揺れなり決断なりはいかにというところだと思うんです。ところが、その部分が、今ひとつ描き切れていないというか、ニックというデイズィとトムの友人でギャツビーの隣人を語り手にしていることから、ギャツビーもデイズィも内心の描写の形にはならず、デイズィとギャツビーの会話も少なく、想像に任せられる部分が多くて、物足りない感じがしました。
 さらに言うと、読んでいて一番ストンと落ちないのはデイズィのキャラ設定です。美しいということではありましょうけど、気まぐれで性根が据わらないというか、ここまでして追い求める価値はどこに?という気がしてしまいます。好きになるのに理屈はいらないし、好き好きとしか言いようがないと思いますが、これじゃぁあまりにギャツビーがあわれというか滑稽というか。まぁ短期間つきあっただけで今は人妻の女性を5年たっても思い詰めしかも奪い取れると信じてるということ自体、冷静でないというか周りが見えないわけで、滑稽とはいえますが。そういうあたりの共感しにくさが、読んでいて入りにくい原因かなと思いました。
 1994年に発行した集英社文庫の改訂新版とされているのですが、1925年の作品で、作者は1940年死亡、訳者も既に死亡しているというのに、翻訳を引き継いだ人とかの表示もなく、何をどう「改訂」したのか不思議です。ただ映画がディカプリオ主演でリメイクされるのでそれにあわせて表紙写真を入れたというだけの「改訂」じゃないかと思う。まぁ私も映画の関係で読んでみようと思ったわけですから、出版のもくろみ通りに乗せられているのですけど。著作権切れだからやりたい放題ってことなんでしょうね。著作権切れでも原作の表示くらいはして欲しいと思いますが。


原題:The Great Gatsby
F.スコット・フィッツジェラルド 訳:野崎孝
集英社文庫 2013年4月25日発行 (1994年発行の「改訂新版」)(原書は1925年)

 映画の感想は「映画な週末」の2013年6月29日の記事で紹介しています。
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なぜ、それを買わずにはいられないのか

2013-05-10 23:10:07 | 実用書・ビジネス書
 長年にわたりブランディング・マーケターとして稼働してきた著者が、大企業の広告戦略の手法について紹介した本。
 無防備な子どもに商品を無償提供したりさらには胎児に(母親を通じて)音や匂いや味覚になじませブランドを刷り込み両親や子ども自身を顧客として獲得していく手法、病気や老いや経済的不安を殊更に煽って身を守るための商品を購入させる手法、つながっていないことの不安(携帯)やオフでくつろいでいるときのメッセージの刷り込みや渇望に訴えかける音などの信号を駆使したり脂肪やグルタミン酸ナトリウムなどの中毒性の物質などを用いてブランド中毒を生じさせていく手法、セックスを暗示する広告の有効性、周囲と同じ物を欲しがる「ピアプレッシャー」を活用する手法、ノスタルジーを利用する手法、ロイヤルファミリーやセレブの有効性、健康幻想・強迫観念を利用する手法、個人データを集約して分析し最適に個別化された勧誘を行う手法などが順次紹介されています。
 豚インフルエンザもSARSも除菌ソープや除菌ジェルで感染を予防できないのに、手洗いソープはほとんどどんな場所にも置かれるようになった(46~48ページ)。犯罪被害の恐怖を煽るCMで実際には犯罪が減少していたのに売上を急上昇させた住宅用警報装置会社(56ページ)や新米ママの罪悪感を煽って売上を伸ばす赤ちゃん用品メーカーや食品会社(59~62ページ)、これまで病気と考えられていなかったものも病気として不安を煽る製薬会社(62~65ページ)。ルイ・ヴィトンは日本ではフランスへの憧れをくすぐって徹底的にフランスらしさを演出して成功した。ルイ・ヴィトンの売上の中でフランスの消費者が占める割合はごく小さく(フランスのエリートはブランドを避けたがる)、ルイ・ヴィトンの製品の多くはインドで生産されているが日本向けのカバン類はフランスのイメージを保つためにフランス国内で生産されている(172~173ページ)。アップルのiTunesの使用許諾契約書には、iPhone、iBookの現在地を常時アップルが把握すること、アップルがその情報を第三者を分け合うことが記載されている(308~309ページ)。といったような、様々なメーカーの手口が紹介されているのが、とても興味深いところです。
 大企業の手口の他にも、興味深い話が多々あります。ジャンクフードの中毒性について、高脂肪、高カロリー食品はコカインやヘロインと似た影響を脳に及ぼし、ラットへでの実験ではコカインやヘロインによるドーパミン受容体減少は2日で正常に復帰したのに対し肥満体ラットのドーパミン受容体が元に戻るには2週間かかった、つまりジャンクフードの中毒作用はコカインより長く持続する(92~93ページ)という恐ろしい話が紹介されています。全米の男性の15%は陰毛を剃っておりこれが流行し始めている(135ページ)とか。服を実際のサイズよりも小さめに表示して自分が細いサイズにフィットしたと思い込ませる「うぬぼれサイズ」の策略が女性服には何年も前から使われてきたが、これが男性服にも用いられてきている(137~138ページ)。大多数の人が20歳までに聴いた音楽を生涯愛し続け35歳を過ぎると新しいスタイルのポップミュージックが流行っても95%の人は聞こうとせず、新しい体験に対して開かれた窓は23歳で閉じ、初めての料理を受け入れる開放性は39歳で完全に閉じる人が多い(183ページ)。う~ん、確かに私は25歳くらいまでの歌しか覚えてない気がする。エコなどの社会的責任をうたう商品を購入する人は、たとえばオーガニックのハンバーガーを食べた後コークの空き缶を分別せずに捨てたり、他の面で無責任の行動を取りがちだとか(258~259ページ)。こういうの、気をつけないと…。私たちの脳は誰かにいい情報を教わりそれを別の人に教えるとき快感物質であるドーパミンが分泌される(329~330ページ)。人間は口コミが好きな動物ということですね。
 実験結果とかは実験条件などがほとんど書かれていないので信用性を吟味する必要がありそうですが、様々な点で興味深い情報が満載で、とても勉強になる本でした。


原題:Brandwashed
マーティン・リンストローム 訳:木村博江
文藝春秋 2012年11月10日発行 (原書は2011年)
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本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」

2013-05-09 19:27:30 | 人文・社会科学系
 日米安保条約の陰に隠れてあまり注目されていないけれども米軍が自由に基地を利用し航空法を無視して危険な低空飛行訓練などを行い米兵が罪を犯してもほとんど処罰されない法律上の根拠となっている日米地位協定について解説した本。
 日米安保条約と日米地位協定(当初は日米行政協定)は、占領終結に伴うサンフランシスコ講和条約に際してアメリカが「我々が望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保すること」を目的として(20ページ)定められ、安保条約は調印の前夜まで和文は存在せず、調印の2時間前に初めて全文が発表され、調印式の場所と時間が日本側に知らされたのは調印式の5時間前(54~57ページ)だとか。日本国憲法が押しつけだと主張する人々が、これを押しつけだといわないのは全く理解できません。
 そして、日米地位協定により、首都東京を取り囲むように都心から30~40km圏内に横田、座間、厚木、横須賀と米軍基地があり、関東甲信越一帯の上空をすっぽりと覆う巨大な「横田空域(横田ラプコン:RAPCON=radar approach control)」が米軍の管制下にあって民間航空機が極めて変則的な飛行を余儀なくされ、米軍機が墜落すると私有地でさえも米軍が直ちに制圧して日本人を全面排除するという専横がまかり通り(典型的には沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件:2004年8月13日)、米軍関係者には出入国管理法が適用されず出入国審査なく自由に米軍基地に直接発着し米軍基地のフェンスでの出入国審査がもちろんないため米軍関係者としてCIAなどのスパイも自由に日本に出入りできて政府ですら日本滞在のアメリカ人の数を把握できない、そして米兵は公務執行中と認められれば犯罪を犯しても日本には裁判権がなく公務外で犯罪を犯しても米軍基地に逃げ込んでしまえば起訴されるまで日本の捜査当局は身柄拘束できないという、信じがたいほどアメリカ側のやりたい放題のことが定められているとのことです。
 日米地位協定は、規定上は日米のいずれからでもいつでも改正の要請ができるのに外務省は一度として改正を求めたことがなく、また日米安保条約も1970年以降はいつでも一方的に終了させることができる(通告の1年後に失効)のに、普天間基地の県外移設を主張しただけで鳩山首相は交代させられ、他の政治家はそれさえも言えない情けない状態と、指摘されています。
 さらに驚くべきことは、2003年に米軍に占領されたイラクが同様の地位協定を締結するに当たり、米軍の撤退時期を明記し現実に撤退させ、イラクの領土・領海・領空を他国への攻撃のための出撃・通過地点として用いることはできない、米軍はイラクに大量破壊兵器を貯蔵せずイラク政府に貯蔵品の種類と数量の情報を提供する、イラク当局は米軍の立ち会いの下でコンテナを開けることを要請する権利がある、イラク当局は米軍基地から直接にイラクに入国しイラクから出国する米軍人と軍属の名簿を点検し確認する権利を持つという条項を米軍に飲ませている(201~213ページ)ということです。米軍占領下で発足したマリキ政権なんてアメリカの傀儡だと思っていましたし、今でもそう思いますが、日本の政治家と役人なんてそれ以下の傀儡だったんだとわかります。米軍に完膚なきまでに敗北したイラクでさえ、地位協定で、日本政府が敗戦後70年近くたってもなお強いられている異常な米軍の支配を、最初からはねのけている。日本政府が受け入れている不平等条約である日米地位協定が、国際的に見てどれほど異常で屈辱的なものか、しみじみと実感できるではありませんか。
 米軍は、日本の本土でオスプレイも飛ばし放題、住宅地でも危険な低空飛行訓練をやりたい放題、CIAのスパイは入国審査も受けずに出入り自由、犯罪を犯した米兵が基地に逃げ込んだら日本の捜査当局は処罰もできない、米軍がその気になれば首都東京はすぐに制圧できる。尖閣諸島などが占領されるよりよほど国辱ものじゃないでしょうか。それでも尖閣諸島などには鋭敏に反応する政治家たちが米軍の専横を国辱的と指摘することは決してない。実にフシギです。
 なお、非核三原則の関係で、米軍が核搭載を否定も肯定もしないといわれて日本の政治家と役人は納得しているわけですが、ニュージーランド政府は否定も肯定もしないなら寄港させないという態度を取っていることも指摘されています(190~191ページ)。
 米軍にこれほどやりたい放題にさせている国は日本くらいということでしょうか。
 この本では指摘されていませんが、巻末の日米地位協定全文を読んで、私の仕事柄気になったところでは、米軍とその販売所などの機関に雇用されている労働者が解雇され日本の裁判所等が解雇無効(労働者の地位確認)の結論を出して確定した場合、米軍側が労働者を就労させたくない場合は7日以内にそう通告して暫定的に就労を拒否でき、日米間で協議をし30日以内に解決できないときは労働者は就労できない(金銭解決する)と定められている(日米地位協定第12条第6項:352~353ページ)ことです。どんなに不当な解雇でも米軍が復職させたくなければ復職させなくていいということなんですね。
 タイトルの「本当は憲法より大切な」は、まるで米軍や日本の政治家・役人側のスタンスに聞こえます。「本当は憲法より強い」とか「憲法より優先されている」とか「本当は憲法より押しつけの」とかの方が、関心を持つ人に届くのではないかと思います。


前泊博盛編著 創元社 2013年3月1日発行
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ビジネスメールの作法と新常識

2013-05-08 21:09:16 | 実用書・ビジネス書
 業務用の電子メールの書き方などに関する解説書。
 大部分はある意味で当然の、コツというまでもない説明です。
 でも、宛先の表示はこちらのアドレスブック登録の名前やニックネームが反映されているという下り(24~25ページ)は、ちょっとドッキリ。まじめに登録しないで「返信」や「全員に返信」しているうちに登録されていることが多いので、他人が登録した書き方で登録されていることが多くて、何人かに送るとき、敬称がついたりつかなかったり氏だけだったりバラバラな表示で違和感は感じてたのですが…
 一文は40字程度、箇条書き、返信は回答から…わかってはいるんですが、なかなか実践は伴わないんですね、これが。
 深夜・早朝の送信はマナー違反か(136ページ)という議論。最近は会社のメールを携帯やスマホに転送している人も増えている、オフタイムに仕事のメールを送るのは避けましょうとされていますが…でも、できた時に送っておかないと、翌朝送ろうでは忘れるんですね。


杉山美奈子 アスキー新書 2013年4月10日発行
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次の会議までに読んでおくように! モダンミーティング7つの原則

2013-05-07 20:58:14 | 実用書・ビジネス書
 やる必要のない会議をなくし、必要な会議は意思決定に関わることが本当に必要な少数者だけで事前準備を周到に行った上で素早く進行すべきということを論ずる本。
 この本の姿勢では、会議とは、ある問題について対立(反対意見)を明らかにしてそのことについて議論をした上で柔軟にその場で決定を行い、決定後は全員がその決定に従って協調し役割分担を定めた実現のための行動計画を作成するためにある、それ以外には会議は必要がない(会議とは別に、ありうるアイディアを出すためのブレインストーミングは必要)ということになります。基本的に、決定は、責任者が一人の責任で行い、会議はその責任者の意思決定のために反対意見の存在を明らかにし考慮事項を確認することと、その決定を関係者に納得させて実行のためのプラン作りをするためにあるということを前提にしています。つまり、決定はあくまでも役職者が一人で行う、会議体が決定を行うのではなく、責任者が「会議の場で」決定する、あるいは事前に決定して会議の場でそれを知らしめるという位置づけです。
 物議をかもすと予想できるときはメンバーと(会議の場ではなく)事前に個別に話し合って了承を取りつけておく(根回しですね)、終了時刻は必ず守る=締切があることで決断して前に進むことができる、時間をかけると取るに足りないことが蒸し返され疑問が多く出て来て決定できなくなる、その場での思いつきの受け答えを許さない、準備なしに参加した人は会議から外すなどが論じられています。
 トップダウンの効率第一の組織の場合、こういう考え方が成り立つかなという気がしますが、会議についての位置づけが違うと基本線で無理がありそう。
 「過去において、素晴らしい製品がコンセンサスから生み出されたためしはありません」「コンセンサスを重視することは、イノベーションを損なうことであることを忘れないようにするべきです」(190ページ)という指摘は、なるほどと思うのですが。


原題:Read This Before Our Next Meeting
アル・ピタンパリ 訳:阿部川久広
すばる舎 2013年2月20日発行 (原書は2011年)
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花咲家の人々

2013-05-06 19:16:50 | 物語・ファンタジー・SF
 海辺の都市「風早」の駅前商店街にある古い屋敷の花屋「千草苑」とそこに併設された「カフェ千草」で暮らす花や草木の声を聞き願いを伝えられる魔法の力がある花咲家の人々を描いた短編連作小説。
 第1話はカフェ千草を切り盛りし週1度地元のFM局FM風早で番組を担当する美貌と美声の長女茉莉亜、第2話は草木にお願いして動かすことができその力で人を助けることが好きな高校生の次女りら子、第3話は花咲家にいながら魔法の力が使えないと悩む引っ込み思案な小学生の息子桂、第4話は10年前に妻に先立たれ子どもたちを支えながら生きてきた人間と花が大好きな植物園広報部長の50男草太郎らを中心に、花咲家のエピソードを綴っています。書き下ろしなのに、雑誌連載みたいな短編連作で、短編ごとに改めて紹介したりしています。
 父の草太郎は50代ということですが、中学生の頃AIWAのラジカセを買ったとか、10代で冨田勲の「惑星」をカセットテープがすり切れるほど聞いたなど、1960年生まれの私には懐かしい設定です。1963年生まれの作者が、おそらくは自分と同じ年代設定をしているのでしょう。
 登場人物が、みんないい人で、いやなことが出て来ず、心が温まるエピソードばかりが並んでいます。心が疲れているときでも、お子様とでも、安心して読めるタイプのライトファンタジーです。


村山早紀 徳間文庫 2012年12月15日発行
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ユーロ消滅? ドイツ化するヨーロッパへの警告

2013-05-05 20:07:04 | 人文・社会科学系
 ユーロ危機とギリシャやイタリア、スペインなどの救済プログラムを通じて、経済財政問題が最大の問題とされ、ドイツがヨーロッパの教師として力を持ちそのように振る舞う姿を、ドイツの社会学者である著者が分析評価するとともに、経済問題にのみ目を向けるのではなく政治と社会の問題として欧州の連帯を考え強化してゆくべきことを論じた本。
 EUがかつての敵国を良き隣人とし独裁政権を安定した民主制に移行させ市民に政治的自由と高い生活水準を享受させている世界最大の市場・通商ブロックであるという成功した側面を忘れてはならず、もしEU前に逆戻りするとしたらどうなるか、そのようなことに耐えられるのかが問題提起され、それを忘れて経済・財政的危機を語ることを戒めています。ここ数十年の大きなできごと(チェルノブイリ原発事故、9.11、気候変動、ユーロ危機など)は起こる前には想定もできず、その結果・影響がグローバルなもので、「リスク社会」「拡大する非知」、すなわち明日起こるかもしれないカタストロフィを今日永遠に予期し続ける(原発は爆発するかもしれない、金融市場は暴落するかもしれない)仮定が常態と化す社会が、現在の西洋社会の特質となっている、その混乱した脅威が巻き起こす感情が権力を集中させ憲法と民主主義のルールが気にかけられなくなるということが指摘されています。後者は、ヨーロッパに限ったことではなく、危機を煽り排外主義的な感情をかき立てたがる政治家や官僚たちが危機管理の名の下に権力を集中したがる様子を、どこの国であれ注意すべきでしょう。
 「アテネだけでなく、ヨーロッパ中どこでも、『富者と銀行には国家社会主義で臨むが、中間層と貧者には新自由主義で臨む』という下から上への再分配を主導する危機管理政策への抵抗が広がっている」(10ページ)という指摘には、思わず膝を打ちました。そう、新自由主義を考えるときに、いつもストンと落ちなかったのは、新自由主義者が自己責任を語るのは貧者に対してだけで、富豪と銀行には新自由主義は適用されていないことです。かつて国家はむき出しの資本主義から社会的弱者を守る制度を創り、富める者から取った税金を貧者に再分配していた、少なくともそうすべきと考えられていたのに、今では貧者に対してはむき出しの弱肉強食を強いておきながら貧しき者から取った税金を企業に再分配して強者を助けている(例えば消費税を増税するとともに法人税を減税するとか、銀行や東京電力に税金を際限なくつぎ込んで救済するといったように)わけです。こういうことをやる連中は庶民から愛国心を失わせるだけだと思うのですが。
 学問的なモデルなどの議論が取っつきにくいですが、EUという試みの価値と政治家と市民、債権者と債務者などの亀裂と双方の視点への考察が、私たちには東アジアや日本では?という思考のきっかけともなり、示唆に富む本だと思います。


原題:Das deutsche Europa
ウルリッヒ・ベック 訳:島村賢一
岩波書店 2013年2月26日発行 (原書は2012年)

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こんなに怖い鼻づまり!

2013-05-04 19:56:03 | 自然科学・工学系
 鼻づまりによる睡眠障害やそれに起因する子どもの発達障害のリスクと著者が独自に開発した手術とあるべき治療法についての著者の考えを解説する本。
 鼻づまりの説明の前提として、呼吸器としての鼻の機能の説明が勉強になりました。鼻腔の粘液層とその下の線毛運動により微粒子を喉に送り込む濾過機能、突起状の鼻甲介により空気の通り道を狭め鼻粘膜との接触で吸気を加温加湿して肺胞を守る加温・加湿機能、吸気中の酸素が効率よく血液中に拡散できるように吸気の流量を絞る抵抗器としての機能、肺血管を拡張させて酸素の血液への取り込みを促進する一酸化窒素産生機能などがあり、その機能を果たしやすくするために鼻腔粘膜は海綿静脈洞を持つ「静脈性勃起組織」となっていてちょっとしたことで膨らんでしまう、つまり元々腫れやすいのだそうです(25~36ページ)。
 私自身、子どもの頃、慢性的な鼻づまりでよく眠れなかったりそれでイライラしているところがありましたので、鼻づまりが睡眠障害につながり、鼻づまりが解消できれば日常生活が大幅に改善できるという著者の主張はよくわかります。幸い私自身は成長に伴い自然に症状がなくなったのでよかったのですが、ずっと続いていたらこういう本は地獄に仏と見えたかもしれません。また、投薬について副腎皮質ホルモン点鼻薬は鼻づまり症状の改善に効果があるが他の投薬は効果がほとんど見られないことを明言していることや、これまでの手術は患者の負担が大きいのにほとんど効果がないことを指摘していることも、医師のかばい合い的な姿勢を排除していて、門外漢としては好感できます。
 著者が独自に開発し、推奨する後鼻神経切断術については、日帰り手術が可能なほど患者の負担が少なく、劇的な効果があると紹介されており、その通りとすれば画期的な治療法なのでしょうけれども、鼻腔粘膜自体が腫れやすい性質を持っていてそれは鼻の呼吸器としての機能を果たすためだとすると、神経を切断することで腫れなくすることは本当に弊害がないことなのか、素人目には気になるところです。この本全体の構成が、「患者の声」を紹介して、著者が独自に開発した手術を推奨するという、開業医である著者の営業・広告的な匂いが強いものとなっていて、そこがどうしても引っかかる本です。


黄川田徹 ちくま新書 2013年3月10日発行
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火口のふたり

2013-05-03 21:55:20 | 小説
 かつて一つ屋根の下で兄妹のように暮らしていた従妹と東京で淫蕩な生活を続けた後に勤務先の銀行の取引先の娘と結婚したもののバーのママとの浮気が発覚して離婚され勤務先にも居づらくなって辞め自営業に転じたものの借金まみれで倒産間際の41歳男永原賢治が、従妹の結婚式に出るために郷里の福岡に戻り、結婚前の36歳の従妹直子と過ごすうちに焼けぼっくいに火がつくという中年恋愛小説。
 初出が「文藝」なんですが、男性週刊誌とか昔のスポーツ新聞連載の官能小説ような濡れ場の頻度で、人前で読むのはかなり恥ずかしい。
 次々と女性と深い関係になりのめり込みながら、立ち去られてみて相手のことをよくわかっていなかったと認識するということを繰り返す主人公のうかつさ、学習能力のなさ、別の女とできたらすぐに見破られるバレバレさ加減とか、だめだなぁと読んでいるぶんには思うのですが、きっと私も当事者になったら笑えないんだろうなとも思ってしまいます。そして、こういう生活をして見たかったなという思いとそういう勇気というか破滅志向と開き直りは持ち得なかっただろうという思いが交錯します。そういう意味では、中年男の恋愛アドベンチャー小説なのかも。災害の予感を背景とした退廃的気分でそれを正当化しようとしているところは、ちょっといじましくもの悲しい感じがしますけど。


白石一文 河出書房新社 2012年11月30日発行
 
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