伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ-新・病葉流れて

2013-06-14 23:49:09 | 小説
 博打と女に明け暮れた学生時代を送り、関西で就職したものの高いレートでの麻雀賭博の借金の形に先物取引業者で働き、前作「病葉流れて」で社長を裏切って刺された梨田雅之が、入院中に知り合った老人砂押に気に入られて東京に戻って砂押の推薦で広告会社に勤務しつつやはり博打と女に明け暮れる無頼小説。
 週刊ポスト連載の「病葉流れて」の完結から数年後に「夕刊フジ」に媒体を替えて何食わぬ顔で「病葉流れて」のラストシーンに続けて書き始められています。一般社会の枠にはまらない主人公の博打と女に明け暮れる様子を描いていることは同じですが、前作が暗くやさぐれた情念と裏社会の危なさと猥雑なエネルギーに満ちていたのに比べ、この作品は少し大人びて明るさが見え下手をするとちょい悪恋愛ものとも読めないではないトーンになっています。自伝的ギャンブル小説とされていますが、60代後半になった作者が振り返って懐かしめる/書ける危なさのレベルが変化したということでしょうか。タイトルも2冊で「身を捨ててこそ」と「浮かぶ瀬もあれ」で完結していると思えますし、夕刊フジでの連載も半年以上たっても続きの連載はされていないようですから完結したのでしょうけど、ラストまで読んでも今ひとつ区切りがついた感じがしません。そこからすると前作の評判がいいので続編を書いてみたけど、少し持て余したのかなという気もします。
 梨田の勤務先、鉄道会社が親会社で1970年に本社を渋谷から赤坂に移転した業界3位(当時)の広告代理店「Tエージェンシー」という設定では、いくら「本作はフィクションです」と断わられてもねぇ。当時の社内の力関係やリベート、裏金作りの話につい引き込まれます。
 前作で売りだった麻雀の場面が減っている上に、「場替えは半荘4回終了毎」(浮かぶ瀬もあれ68ページ)、1回戦は南が桜子、西が私(同70ページ)で、2回戦1局目親が桜子で「対面の私」(同77ページ)ってどういうことでしょう。場替えしてないのに上家が対面に変わるわけないでしょ。さらにとどめを刺すように坂本の上がりで奇手「六対子」まで登場(同243ページ)。「六対子」の牌活字は単純な校正ミスでしょうけど、位置関係に神経を使う高レートの賭け麻雀のシーンでこのミスは麻雀ものとしてはしらけます。
 超美人の女子大生水穂との初めてのHの際、「初めての経験だった。これまでの女性経験で、口に含まれたまま果てたことなどなかった」(身を捨ててこそ418ページ)と書かれているんですが、その1月ほど前新宿のクラブのママ姫子との逢瀬で「姫子の唇の奥に、波の飛沫を放つように射精していた」(同93ページ)とあるのはどう考えればいいでしょう。


白川道 幻冬舎
身を捨ててこそ 2012年5月25日発行
浮かぶ瀬もあれ 2013年1月25日発行
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非正規公務員という問題

2013-06-12 21:39:13 | 人文・社会科学系
 クラス担任や部活の顧問をしているベテランの「臨時教員」、DV被害者の保護などに従事する常勤的な「非常勤」の婦人相談員、生活保護受給者の訪問調査等に従事する非正規ケースワーカーなど、行政の本来業務部分を事実上支えている非正規公務員の実情等を紹介する本。
 歳出削減が叫ばれ、正規職員の新規採用等を減らして人件費を削減し、その業務を非正規職員で代替すれば、非正規職員の賃金は「物件費」に分類されるために人件費が大幅に圧縮されるという構造(正社員をリストラして派遣に切り替えると人件費が外注費にすり替わって消費税がかからないというのと似ていますね)もあり、非正規公務員が増加していると指摘されています(30~41ページ)。その指摘ももっともには思えますが、非正規公務員はずっと昔からあったもので、近年の傾向だけじゃなくて、行政は民間同様かそれ以上に安く使い捨てにできる労働力を好きなように利用してきたということだと思います。
 その点、裁判所は昔から行政に対しては甘いというか遠慮していて、有期雇用の更新が繰り返されて民間であれば確実に雇用継続の合理的期待があるとして雇い止めが認められないような事案でも、期限付きの非正規公務員の場合はどれだけ更新を繰り返しても雇用継続の合理的期待は生じないという判断を繰り返しています(例外は私と大学で同じクラスだった山口均裁判官が判決を書いた国立情報学研究所事件の1審判決だけ)。裁判所のこういう姿勢が、行政の傲慢で小ずるいやり方を助長しているように思えます。著者は、損害賠償を認めた(雇い止めの無効は認めない)判決を「裁判所が示す可能な限りの救済策」とか「司法のメッセージ」とか評価していますが(48~49ページ)。
 ハローワークの職員の3分の2が非常勤の相談員で、2012年度末には約1割の2200人あまりが雇い止めにされ、カウンターの反対側の求職者に転じた(43ページ)というエピソードは、笑えないですね。


上林陽治 岩波ブックレット 2013年5月9日発行
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記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦

2013-06-11 23:16:03 | 自然科学・工学系
 人間の記憶の仕組みについて、分子レベルでの研究から解説した本。
 著者の説明によれば、脳科学は現在なお究極のフロンティア、これからガリレオやニュートンが現れようとしている状態(13~15ページ)で、急速にいろいろなことがわかりつつあるがブレイクスルーはこれから、わからないことがあまりに多いとのことです。半年かせいぜい2年以内の記憶は思い出すのに脳の「海馬」が必要(海馬依存的)なのに対して、それ以上前の記憶は思い出すのに海馬は必要でない(海馬比依存的)。記憶の貯蔵場所は、まだはっきりしないが、最近の記憶は海馬に蓄えられ、古い記憶は種類ごとに大脳皮質に移されるらしい(22~25ページ)。海馬に蓄えられた記憶が大脳皮質に移されるのには海馬での神経の新生が関係しているらしい(54~57ページ)。といった具合に、脳科学での最近の実験・検証の成果が語られています。
 記憶は脳内のニューロン(神経細胞)の集団の組み合わせ(シナプス結合)として符号化されて蓄積されるという有名な仮説(セルアセンブリ仮説)は1949年に提唱されながら長らく実証されなかったが最近になって実証されたということが少し詳しく情熱的に説明されています(29~41ページ)。一般書では、実験について引用するとき、実験条件や実験結果と論証のロジックがあまりきちんと説明されていないことが多く、そのときは本当に実証されたのかなぁなんて思いが残るのですが、詳しく書かれるとまた、例えば特定の記憶に関わるニューロンを光刺激することでその記憶(恐怖)を再現できた(マウスがすくみ反応をした)から実証されたという実験の説明(38~41ページ)を読んでいると、その光刺激のためにマウスの海馬にグラスファイバーを入れてレーザー発光させることそのものでマウスがすくむってことはないんでしょうねとか、茶々を入れたくなってしまいます。
 大人の脳では神経は分裂しない(ニューロンは新生しない:増えない)というのは、わりと世間一般で常識的な知識とされていますが、これは19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したカハールという偉大な学者がそう断言したので誰もそれを疑わなかった(今では「カハールのドグマ」と呼ばれているとか)が、それは誤りで、1998年には人間の大人の脳でもニューロンが分裂して増えていることが確認されているそうです(51~54ページ)。
 PTSDの重篤化はトラウマ記憶と他の体験が結びつけられることで生じやすいと考えられるので、トラウマ記憶を海馬から早く大脳皮質に移してしまうことで他の記憶との結合が回避されやすいと考えた著者らが、神経新生を促進するためにトラウマ体験のある患者にDHAとEPAを3か月間服用してもらったところ、PTSDの発症率が有意に減少したと報告しています(64~67ページ)。著者自身、実験上の限界からまだ効果があると断定できないと述べていますが、興味深い話です。
 アイディアが閃くのはリラックスしているときで、アメリカ人は研究者だけでなく官僚もそれを心得ているのでアメリカの研究関連のミーティングはリゾート地で開催されることが多い、しかし最近の日本では無駄遣いはまかりならん、温泉などもってのほかという風潮が強い、「こんなことをやっていたら閃きなど出ない、日本のサイエンスはつぶれるぞ」と憤慨する著者(60~64ページ)には、その他のことも含めてですが、是非頑張って欲しいなと思います。


井ノ口馨 岩波科学ライブラリー 2013年5月9日発行
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たたかうソムリエ 世界最優秀ソムリエコンクール

2013-06-10 21:57:51 | ノンフィクション
 2010年4月にチリで行われた第13回世界最優秀ソムリエコンクールの様子を取材して紹介した本。
 著者はNHKのディレクターで、2010年に放映した番組の取材に追加取材して出版したもの。
 世界最優秀ソムリエコンクールは3年毎に開催され、参加するソムリエは英語、フランス語、開催地国の言葉の3つの言語からエントリーする言語を選択するのだが、その際母語は選択できないルールになっているそうです(19ページ、39ページ)。参加者間の公平のためということですが、こういう配慮がされている世界大会というのは珍しいんじゃないでしょうか。フランス代表のソムリエが、英語もしゃべれるが、「フランス語は語彙が豊富だから、香りや味の細かなニュアンスが表現できる。それに比べて英語はとても制限がある。ワインについての自分の考えが、うまく伝えられないんだ」と文句を言っています(39ページ)。イギリス人は食べ物に無頓着だからって言ってるようなものですね。実際そうでしょうし。
 ソムリエコンクールというと、ブラインドテイスティング(ワインを試飲して産地、ブドウの品種、生産年を当てる)で決まるのかと思っていたら、筆記試験やサービス試験(審査員が客になってソムリエが客の希望に応じてワインを開栓しグラスに注ぐなどして出す)にも相当な比重があるのですね。ブラインドテイスティングも、準決勝、決勝での各ソムリエの出した答えと正解が書かれていますが、世界の一流ソムリエが競う最高レベルの場でも、ほとんど当たらないものだなと、ちょっと安心するようなそれでいいんだろうかと思うようなアンビバレントな感想を持ちました。
 コンクールの様子は、TVスタッフらしく、ドラマティックに描かれ、日本代表ソムリエの闘いや、決勝の様子など、緊迫感のある読み物としても楽しめます。
 2013年3月に東京で開催された第14回コンクールにあわせてその直前に発売されたのですが、そうはいっても3年前の話を読まされるのは、きょっと気の抜けた感じがします。


角野史比古 中央公論新社 2013年2月25日発行
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月と雷

2013-06-09 22:16:13 | 小説
 働くこともなく家事能力もほとんどなく情けをかけてくれる男のところに居つきながらしばらくするとまたぷいと出て行き新しい男に拾われていく直子、子ども時代はその直子とともに男のうちを転々とし今は都内でフリーター状態で女にもてるので女性関係は次々とあるもののきちんとした関係を作れないまま34歳になった智、かつて直子が居ついた男の娘で1年くらい直子・智と同居して子ども時代の智と裸ではしゃぎ回った想い出を懐かしく思うがあの2人がいなければふつうの人生を歩めたのではないかと思うパートタイマー未婚の泰子の3人の再会を描いた小説。
 計画性がなく倦怠感と惰性でとりあえずの選択を続け、それでもまぁなんとかなるか、という思いを、例えば沖縄人が「なんくるないさ」と明るい感じでいうのとは違って、特に泰子の視点からは後悔と苛立ちを持ちながら消極的支持で、やっとこ諦めよりは少しは前向きかなくらいの評価に持ち込んでいくという流れです。登場人物のだらしなさというかいい加減さを、少し苛立ちながら見ていたのが、こういうのもまぁいいかと思えたら、たぶん作者の術中にはまったということなのだと思います。
 「中央公論」2010年7月号までの連載が2年もたってから単行本になったのはなぜ?


角田光代 中央公論新社 2012年7月10日発行
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なぜタクシーは動かなくてもメーターが上がるのか

2013-06-08 20:57:00 | 人文・社会科学系
 タイトルのような交通と料金をめぐる疑問について交通経済学の立場から解説する本。
 タイトルの疑問について、著者は、タクシーは利用客を自ら選別できず利用客の指示する通りの道を走行しなければならないことを理由に、その客を乗せなければタクシーが稼げたはずの利益に当たる費用(機会費用)を客に負担させるという考えで合理的に説明できるとしています(62~65ページ)。しかし、渋滞を客が知っているわけでもなくましてや渋滞が客のせいでもなく、客は行き先を指定するだけで経路はタクシー運転手が選択することもままあることを考えると、私はあまり釈然としません。著者が続けて鉄道の場合は客は早く着くことを予定してその時間を買う意味で特急料金を支払っているから延着の場合払い戻すと説明しているのを見ると、タクシーの乗客もタクシーなら他の交通機関より速く目的地に着けると思うからこそタクシーに乗る場合が多いと思われ、ますます納得できませんでした。
 混雑について、著者は電車についても道路についても混雑は基本的に利用者側に原因がある、事業者に文句を言うなという姿勢を示し(31~32ページ、144~153ページ)、「電車混み合いまして、まことに申し訳ございません」などという低姿勢は駅員への暴力の温床になっているのかもしれない(30ページ)などと謝る必要などないという立場を取っています。朝夕のラッシュ時に関してはそういえると思いますが、ラッシュ時以外では鉄道会社の利益を最大化するために運行間隔を開けてそのためにラッシュ時以外でも満員電車ということもままあり、電車の遅れや運転間隔調整などのために超満員となることも珍しくありません。満員電車の混雑に鉄道会社の責任が全然ないとは私には思えませんが。
 上の例も含め、事業者や役所が現在行っていることについて、一般人の目からは不合理・理不尽に思えることを合理性があるんだとあれこれ理屈をつけて擁護していると感じられるところが多いように思えました。エピローグで著者は「現実の政策を扱うために、交通経済学者は審議会や各種の行政機関の会議などに駆り出されることが多く、そうした会議に出ているということだけで、『御用学者』などというあらぬ謗りを受け、濡れ衣を着せられなくてはならない」と嘆いています(237ページ)が、濡れ衣というべきかどうか。
 弁護士の立場からは、飲酒運転の厳罰化はひき逃げを増やす恐れがある(98~100ページ)という指摘は、なるほどと思います。交通事故の損害賠償に関して論じているところ(84~88ページ)で、著者は、日本の交通事故での損害賠償が「逸失利益」(事故による死傷のために得られなくなった収入)だけで慰謝料がないと誤解しているようで、困ったものだなと思いました。


竹内健蔵 NTT出版 2013年4月30日発行
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ワクチン新時代

2013-06-07 22:07:28 | 自然科学・工学系
 感染症とワクチン開発の現状について説明する本。
 ワクチン開発の歴史と現状、それに絡めて感染症の説明をするという体裁の本ですが、後半は、WHOが1980年に根絶宣言を出した天然痘の歴史とワクチン開発、生物兵器としての使用の可能性とその対策が中心になります。
 生物兵器の開発に手をつけたのは関東軍731部隊であり、欧米でバイオテロ対策への取組が始まったきっかけもオウム真理教によるバイオテロ(ボツリヌス毒素と炭疽菌)と、いずれも日本人の手になるものでわが国はバイオテロの先進国などということが紹介されています(64~65ページ)。しかし、著者らが開発研究に携わっていた天然痘ワクチン(LC16m8ワクチン)が1975年に製造認可にこぎ着けたのに、日本では1956年以降天然痘患者の発生はなく、1976年には予防接種が廃止されてしまい、せっかく開発した安全性の高い新ワクチンは実用化されなかった、それが天然痘の感染率及び致死率の高さ、人以外には感染しないという特性、根絶されたためワクチン等の備えが手薄という理由から生物兵器として極めて有望と考えられ、バイオテロへの備えとして著者らの関与した天然痘ワクチンに注目が集まっている、アメリカ政府から共同開発の申し入れがあったということをいいたくて書かれた本だなぁというのが、読み終わっての一番の感想です。


杉本正信、橋爪壮 岩波科学ライブラリー 2013年4月5日発行
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臨機応変!! 電話のマナー 完璧マニュアル

2013-06-06 23:12:18 | 実用書・ビジネス書
 会社で新入社員等が電話を受けたり掛けたりするときのことを想定して電話のマナーについて解説した本。
 基本的に、顧客・取引先あるいはクレーマーからの電話を、担当者や上司に取り次いだり、名宛て人が留守の時の対応を想定していて、丁寧な対応をする、好印象を与える、ミスがないように確認・復唱する等を繰り返し説いています。会話マニュアル的な部分は、通常のビジネストークですが、顔が見えないことで言葉遣いと声に注意すべきとされます。
 書かれていること自体は、もっともではありますが、業者相手に電話で話していると、今どきはこういうマニュアルに沿った言い回しがふつうになっていて、ここに書かれているようにしたから好印象とかいうことでもないように思えます。まぁ、悪い例で書かれているような対応をされるよりは、もちろんいいですけど。


関根健夫 大和出版 2013年4月30日発行
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一瞬で人生が変わる! アウトプット速読法

2013-06-04 21:15:03 | 実用書・ビジネス書
 ただ本を速く大量に読むだけでは意味がない、アウトプット、特に人に(5分間)話すことを意識して読むことで使える知識になるという、読書法というか読書の姿勢と勉強法の本です。
 「1冊の本の中で、読み手が本当に必要な情報というのは、極論すれば1行です。」(120ページ)って、これはどうでしょう。書き手が本当に書きたいことは煎じ詰めると1行というのはよくいうというか、特にビジネス書なんてそうだと思うんですが、読み手の方は、ケース・バイ・ケースじゃないかなぁ。著者は、経験上本の8割は無駄で読むべきところは2割くらい(122ページ)として、必要なところだけを読むことをポイントにしています。
 最初にその本から得るべき情報を決めて読む、端的に自分にとって必要な本を読むというパターン。この場合は、私も仕事の必要性からよくやります(例えば裁判所に提出する書類を書くときに必要な情報だけをそれが書いてありそうな本から引っ張り出して確認するとか)が、それは「読書」じゃなくて「勉強」「調査」「裏取り」だろうと思います。この本では、もう1パターン、必要性に応じてではなく本を読むパターンで、タイトル、目次、はじめに、あとがき、著者プロフィール、帯をよく読んでその本の中心点を捕まえ、その後、中心点が書いてあるところを探し(最初には読まないためにあえて最後から逆に見開き2秒で眺めてチェックするそうです)中心点が書いてあるところだけを読むというのが著者の方法論となっています。
 「『本を1冊読み終えないと、本を読んだことにはならないのではないか』と思い込んでいる人がいます。でも、そんなことはありません。『自分にとって必要な情報』を取ることができれば(そして、その情報を活用することができれば)、たとえ数ページしか読んでいなくても、『本を読んだことになる』のです」(126~127ページ)。このあたり、価値観が別れるところで、私には、この本の主張は、読書術・読書法じゃなくて勉強法だと思います。情報収集のための本の活用法として、正しい側面を持っていると思いますが、この読み方で月何冊とか年間何冊という議論をするのはどうかなぁと思います。
 業務上の必要性から、今必要な情報をいかに速く効率的に探し出すかという本の使い方と、娯楽として(教養としても含む)の読書は、やはり、読み方が違うと思うのですが、それをくっつけようと(一貫させようと)しているところにやや無理を感じました。


小田全宏 ソフトバンククリエイティブ 2013年5月6日発行
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封鎖

2013-06-02 23:38:26 | 小説
 神戸近郊の山間の人口60名弱の集落で鳥インフルエンザ患者が連続発生し、感染症対策の権威の助言により行政は極秘裏に集落の交通と通信を遮断して封鎖するという設定のパンデミックパニック小説。
 封鎖を推進する感染症対策研究者と行政、封鎖された集落内のお上意識の強い追随派・穏健派・強硬反対派の対立を描きながら、新型インフルエンザ発生の危機を前に大規模感染を防ぐために小規模集落を見捨てることの是非と見捨てられる側に置かれた人々の心情とそのような条件下に置かれた人々に表れる人間性を描いています。著者自身が、封鎖の是非について最終判断ができない迷いをそのままに作品化しているように感じられます。登場人物の誰に共感するかはさまざまでしょうけど、私には鈴野努がグッときました。
 封鎖の是非について、封鎖自体は対策としてありうるしむしろ有効だという主張を少なくとも内包している医療関係者たち、極秘裏の封鎖の情報を得ながら無視・軽視する新聞記者たちの姿は、この作品が、大学院の医学系研究科修士課程修了、新聞記者の経歴を持つ作者によって書かれていることを考えると、重みを持って心に訴えかけてきます。
 50代の私にはカミュの「ペスト」を意識させる設定ですが、鳥インフルエンザやSARSをめぐるパニックを経験し、パンデミック小説が多数書かれている現在では、封鎖に何か他のテーマを読み取ることもなくごく単純に近い将来現実にありそうな話として読んでおくべきでしょう。


仙川環 徳間書店 2012年10月31日発行
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