本日も読書はしなかった。というよりも避けた。目がショボショボになると作業ができなくなるからである。読書よりも歩きながら遠くを見ていたほうが目にはずっといいはずである。
とはいえ、夜になって作業がひと段落すると落ち着かない。本棚から「墨子」(浅野裕一、講談社学術文庫)を引っ張り出して、解説を10頁ほどを読んだ。しかし目が疲れたのですぐに本から目を離した。「墨子」は読んだことがないのだが、いつかは読みたいと昔から思っている書である。全部を読み通すことは到底できそうもないが、惹かれるものが多々あると期待している。
明日以降、原稿の修正個所などが指摘されたら、目が疲れたといってサボることはできない。
私がまだ現役のころ、ある評論家が大きな拡大鏡を使い、必死に読書を継続しているのを見た。歳を重ねるということは、つらいことなのだなぁ、と思ったことがある。いよいよ自分もそのような状態に近づいている。違いは、読書の質と思索の深さという悲しく、そして私にとっては超えることのできない致命的な溝の幅と落差である。
目が覚めると視力はかなり回復。目がかすんでしまう前に作業を終えようと、ねじり鉢巻きで退職者会ニュースの特別号を午前中に概略は仕上げることができた。
目の休養のため、午後からは「原則運動中止」という熱中症予防情報が出ている最中であったものの、2時間半ほど外出した。途中は電車・バスも利用し、喫茶店でも水分補給をしたので、8000歩ほど。
帰宅後、ニュースの原稿の細部の修正や、枠の飾りなどを施して、一応完成。何とか目がショボショボになる前に作業を終了。これより他の役員に送信・送付して本日の作業は終了。