どこにでもいそうな市井の男である。ちょっと才能があったが、うだつの上がらない作家崩れである。家庭を壊してしまったというのはすべて自分の成せる業である。今は別れた家族との月一の逢瀬が唯一の楽しみである。
団地という昭和の切れ端に住む母親との逢瀬は、けれどたまたま家族と合流したためこの上ない彼にとって極上の時となった。その夜はまさに台風という人生の荒波が団地に迫っていた、、。
台風通過の真夜中、樹木希林を通して是枝が語る人生のシジフォスめいた話がぐっとくる。あまり映画のセリフに感心することのない吾輩だが、「人生って単純なのよ」という一言が胸に突き刺さる。
人は毎日の懊悩に何か人生において複雑なものを感じ取ってしまう。けれど人は一人で生まれ、うまくいけば子を成し、そして何が人生とやらを分からないまま、一人死んでゆく。深く考えることはないのだ。人生はシンプル。単純に出来ている、、。
登場人物、それぞれ人生への見方に差はあれど、年齢(歳月)は確かに時を無駄にはしていない。
あのぼろ団地で死んでしまう母親然り。恐らくこれからも、うだつの上がらない生き方を迫られる子供男も、人生設計上再婚を決断する女も、嵐の中で探し回った宝くじも300円しか当たらないだろう無難を目指す息子も、みんなあの台風一過の夜に疾風が吹き、何かが吹っ切れたのだ。
しみじみとしたある意味さわやかな終わりである。エンドクレジットが流れ始めると僕の目から急にじわじわ涙があふれる。みんな帰り支度をしているのに席を立てない。是枝、若いのに老成してるね。うーん、いい映画を見た。これぞ秀作なり。
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