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おのぼり物語 (2010/日)(毛利安孝) 80点

2010-07-28 13:21:10 | 映画遍歴
ちょっとした夢がある。それは大きくもあり、小さくもある。小さな時から少しずつ大きくなってきたマンガ家になるという夢。しかも、4コマ漫画で超地味目の緩めのギャグものだ。

それでも、彼にとっては一生ものの大きな野望だ。なかなか芽が出ず、かといってダメだしされたわけでもない。年齢ももう30近い。人生の半分だ。焦りもある。不安もある。おぼつかない生活もある。そんな状態で、自分の体に鞭を打って上京する。初めておのぼりさんになる。

大阪の枚方出身の青年がおのぼりさんだなんて、ちょっと不思議だが、でも高槻出身の先輩もそういうのだから間違いないのだろう。だいたい、東京って、地の東京人じゃなく、全国各地から出奔してきた地方人が東京人と名乗っている薄気味の悪い所なのだと思う。

ちゃんち気の江戸っ子はそりゃあいるだろうけれど、東京に住んで何年もすれば一応東京人ぶることは可能なのだ。(現に僕もかれこれ20年ほど東京にいたけれど、見た目と言葉づかいは当時は立派な東京人だったと思う。)

あ、ちょっと別の道に逸れたようだ。だから、この映画の彼もおのぼりさんなんか言いながら立派に東京人になっている。大阪人からしたら、おのぼりさんという言い方は一応東京人を立ててはいるけれど、多少したたかな含みも持っているはずだ。

今、30前にして、仕事にもつかず、小さな部屋でその日暮らしの人も多いに違いない。いったい自分はこれからの人生をどう生きようか、とか悩んでいる人も多いだろう。漫画という媒体はそれぞれ多種様々だが、硬い言葉でいえば「人生いかに生きるべきか」という話なのである。

小さな夢を見つめて、それがしぼみそうな時でも自分を奮い立て、夢を育てていく。彼は、ただ自分の出来ることで食べていきたいというフツーの人なのである。4コマ漫画で、超豪華マンションを購入したいなんて、気持ちもさらさらない。芽が出るまでは恋愛も出来ないことを知っている。先輩との恋愛ごとも知らないことで済ませるようにした。素朴な青年なのである。

そんな、大阪から来たおのぼりさんを、あのミュージカルや演劇で主役を務める【井上芳雄】が実にいい味わいを出して演じている。いつもの演技とは対照的な、少々売れない少々うらぶれた青年の東京生活である。金がないから2時間近く都心まで、雨でも夏の暑さでももちろん酷寒の天気でも自転車をこぐ。

普通の役柄ほど俳優は演技をしなければならない。普通ほど演技的に難しいものはないのだ。【井上芳雄】は演劇と同じく自分の能力を出し切っていると思う。さりげない演技に見えるが計算されている。うまい。たいしたものだ。

映画全体に派手な仕掛けもストーリーもあるわけではないが、一つ一つのシーンがさりげなく自然で、人と人との出会いの大切さを表現している。例えば、父の葬式で、出版社からの一輪の花輪に深く頭を下げる【井上芳雄】の後姿は限りなく美しい。それは人間と人間との心のつながりを深く感じさせる。

こんな日常的な風景をそのまま切り取ったような映画だけれど、何か見終わって自然と力が沸いてくるようで実にいい。秀作だ。

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