帰省している際に父親と会話する時間も当然あったのだが、その中で不思議だったことが一つある。
彼の親戚の中に、全国ツアーで優勝するレベルのプロゴルファーの娘(Iというそうだ)がいるのをやたら自慢する人がいて、それに辟易しているとのことだった。詳しい人となりはわからないし言い方の問題もあるだろうが、これが自分にとってはやや不可思議に感じられた。
まず一つとして、その娘が優秀なプロゴルファーであることは、彼にとっては全く関係がないことだ(しそのこと自体は単純に賞賛すべきことであるように思われる)。具体的に言えば、それに関してのステイクホルダーではない(ここは重要な点だ)。つまりは話に乗ろうが反発しようが「どーでもいい事」なのだから、相手に合わせてテキトーに褒めておけばいいんじゃないの?と私は思ったのだ。
もしかすると、適当に合わせていれば「話をよく聞いてくれる(この人といると気持ちいい!)」ということで何らかの見返りがあるかもしれないし・・・というのは冗談としても、会話の糸口は相手が示してくれているわけだから、これほど楽な話はないと私には思われる(それに比べると、表現を抑えていて本音が奥底にあって見えない人や、あるいは屈折した自意識を持ち合わせている人のほうが、よほど面倒くさい)。意地の悪い言い方をすると、「わざわざ自分から攻略本をさらしてくれてるんだから、それを元にプレイに徹すればいいのにねえw」ということである(だから例えば付き合い始めのカップルなど実に楽な相手と言える)。
あるいはもしかすると、父親に限らず「どーでもいい事」をさも嬉しい・楽しいことのように反応するのは疲れる以上に欺瞞だとでも感じるのだろうか?しかし「空洞」の状態ならば、いかようにも振る舞いうるように思える。その結果相手に好印象を与えて良好な関係が結べるならば、WIN-WINの状態が作れるようになるわけであるし(まあこれは端から私には「議論」や「説得」といった選択肢が欠落しているのも関係しているだろうが)。仮にその人が、私とのコミュニケーションの結果、より過剰な自慢をすることになり不利益を被ったとしても、私にとっては預かり知らぬことである。
ちなみにこれに関連することとして、私にとっては芸能人の整形とか漫画家の結婚とか、どう考えても自分に直接関係ないことに一喜一憂できる神経が全く理解できない(そういう心性を分析することには興味があるが。ちなみにこれは整形の積極的・消極的な肯定などではなく、単に彼らの交換可能性の問題である)。それならよほど、消費税や徴兵制、TPPの方が生活に関係あると思うんですがいかがなもんざんしょーか。
たとえばメディアによって親密さを感じられる存在・話題の方が、空気みたいに考えている(あるいは小難しそうで考えたくもない)社会システムより近しいものと感じられそれにコミットすると(本当かどうか知らないが、選択肢の多いこの時代では、中身のよさ云々は伝えずともただ映画の中などで商品を出すだけでも効果がある、とも聞く。そういやモーガン・スパーロックの映画でそんなテーマを扱ったものがあったが、題名をど忘れしたわw)。ほとんどの場合自分と直接関係しないにもかかわらず、だ。
なので問題意識に合わせて言い換えると、「なぜそのようなマーケティングが成立しうるのか」ということなんですたい。
つまり僕らはターゲットから外れてるから「どうでもいい記事」に思えてしまう。
(仕事だから)食いつく年代、性別、職業を考えた上で記事にしてると思うんだZE☆
よーし、じゃあここで俺もショボい自慢しちゃうぞ(≧∇≦)
先日、雑誌の投稿欄に俺の投稿が載ったぜー・・・!!(≧∇≦)
・・・(´・ω・`)
芸能人や有名人に限らず、他人の噂話に関して、「どうでもいい」と思える自分がいるわ(^_^;)
誰と誰ができてるとか、誰と誰がいがみ合ってるとか・・・
しかしまあ、テキトーに合わせるのもめんどくさいのも分かるかも(^_^;)
「攻略本の通りにやる作業」を「アンパイだから」と安心するか、「そんなの面白くない!!」と考えるか・・・