というのとはニュアンスが違うが、今回の震災に対する某都知事の「天罰」発言は、その資質のなさを改めて暴露した。
などと書けば、「苦しんでいる人が大勢いるのにそんな酷いことを言うなんて」とか「一体何様のつもりだ!」という類の道徳的批判と受け取る人がいるかもしれない。なるほど確かにそのような批判もある程度は妥当性であろう。しかしそれなら、デリカシーのなさに関する問題は残るにしても、発言者の「添える言葉が足りなかった」という釈明で(ある意味)決着はついていると言える。
私の言う「資質のなさ」とは、そういったモラルや感情的な側面ではなく、今述べたような反応がなされることを予測できない、論理的思考能力の欠如を指している。その発言をもって反発を巻き起こすこと自体が目的だったなら戦略的振舞いとしてまだ理解ができるが、発言後の対応を見るに、彼はただ言いたいから言っただけで、それがどういう事態を引き起こすか予測できていなかったようだ(というか、そのような物言いをして人々に届くと思っていたのだろうか?だとしたらコミュニケーション能力の低さにあきれる他ない)。このように物事の帰趨が読めない人物が長きにわたって都知事を務めてきた(=選ばれ続けてきた)のは、驚くべきことだと言わなければならない。
まあ単なる放言が「切符の良さ」や「率直さ」と受け取られてきたということなのだろうが、今回の一件はそういう認識が勘違いだったと非常にわかりやすい形で示している。今書いたことが大半の人には釈迦に説法だと思いつつも、これを契機にかくのごとき発言者を支持してきた人たちの目が覚めることを期待したいものである。
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